kisses.【栄口総受】
09 瞳は閉じたまま(田島→栄口→水谷→篠岡)
今日は栄口が部誌の当番で、一人で部室に残ってた。
酷く傷ついた顔をしていたのは、水谷の視線が誰を追っているか、知ってしまったからだろう。
オレだって、栄口の視線が誰を追っているか知っていた。
でも、だからって、この気持ちをそんなに簡単に捨てることなんかできなかった。
それは、多分栄口も一緒だ。
オレが、栄口のことを想い続けているのと同じように、栄口も水谷のことを想い続けるんだろうか。
つくづく世の中ってうまくできてない。
それでも。この僅かなチャンスをどうにかモノにできないか、なんて考えているオレは、貪欲で狡いと思う。
「栄口、まだ終わんねーの?」
突然開いた部室のドアに、栄口は驚いて身体を揺らした。
その入り口に立っているのがオレだって分かって。栄口はほっと安堵の息をつく。
「なんだ、田島かー。何、なんか忘れ物?」
笑って訊ねる栄口。そんな、無理して笑うな、よ。辛いときは辛い顔して、いーのに。
「ん、ちょっと気になることあって。」
歯切れの悪いオレの返事に、栄口は首を傾げた。
多分、オレらしくない、なんて思ってるんだろ? オレだってそー思うもん。
「なになに。どしたー?」
話くらい聞くよ、そんなノリで訊ねた栄口に。
オレは栄口が思いもしない言葉を今からぶつけようとしてる。
「今日、栄口落ち込んでただろ。それが、気になってて。」
一瞬、栄口の表情が固まって。それから、栄口は苦笑いの表情をつくる。
「な、に言ってんの。そんなことないって。」
誤魔化すなよ。オレ、分かるよ。だってそんくらい栄口のこと見てたんだ。
「……水谷、だろ?」
まっすぐ視線をぶつけて口に出した名前に、栄口は息を呑んだ。
「なん、で…っ、」
わかったの、そう問う栄口に、オレは泣き笑いのような表情を返す。
「栄口が水谷のこと見てたみたいに──オレも、栄口のこと見てたから。」
栄口が言葉に詰まる。
多分、今、オレの言葉の意味を一生懸命考えてる。
逃げ道なんか、やらない。
オレは、いつだって真っ向勝負だ。
「好きだ、栄口。」
はっきりと告げた言葉に、栄口の視線が泳ぐ。
「でも、オレ、は…ッ」
「……アイツが誰のこと見てんのか、分かってんだろ…?」
「……ッ、」
分かってて。それも水谷のこと、そんな焦れた目で見るのかよ。
「……なんで、オレじゃないんだよッ」
半分は自分への苛立ちだった。
そんな簡単に諦められるような恋ならば、最初から蓋をしてなかったことにしてた。
でも、それはできなかったんだ。
栄口だっておんなじなのに。
結局は、自分のエゴで、自分勝手な想いを押し付けようとしている。
「ごめ、ん、田島……気持ちは、ホント、嬉しいんだ。オレみたいなヤツ、好きだって言ってくれて。でも──」
栄口は俯いて、ぎゅっと拳を握りしめた。
「田島のこと、好きになれたら楽だったのかな──、」
栄口がポツリと零した言葉に、オレは冷静な判断ができなくなってしまった。
そんなこと言われたら、期待しちゃうじゃん?
「な、栄口、」
オレは栄口のいる机まで歩み寄った。
「……?」
「目ぇつぶって。」
言いながら、顔をあげた栄口の目蓋を親指でそっと撫でる。目元に手が伸びれば反射で自然と目蓋は閉じる。
「水谷だと、思っていーから。」
「──え?」
何を、と戸惑っている栄口の顎に指をかけて上向かせると、オレはそっとキスを落とした。
逃げんな。頼むから。今、だけ。
一瞬、栄口は身体を引きかけて。
そっから先は逃げなかった。──オレが言ったみたいに、瞳は閉じたまま。
オレの気持ちに応えらんないことの、贖罪だとでも思ってんのかな。
やさしく、驚かせないように唇を食む。薄くて、やわらかい唇を、ゆっくりと舌でなぞる。
深い接触なんてないのに、じんわりと躯の芯が熱くなっていく。
軽く唇に歯を立てると、栄口が『は…、』と吐息を零した。
うわー、ヤベー……舌、入れたい。
水谷だと思っていい、なんて言っといて、そこまで勝手するのもどうかと思うんだけど。
でも、きっともうこんな機会、ない。
明日っから、もう、全部こんな気持ちにはフタをするから。今だけ、許して。
唇の合わせ目を、つと舌でたどる。
ピクリと揺れた栄口の躯を両腕でしっかりと捕まえて。
恐る恐る、舌を差し入れる。
栄口の中はスゲー熱くて。色々全部すっ飛んでいきそうになる。
逃げる舌を追っかけて。喉の奥で絡める。
ただがむしゃらに、普段は触れることのないトコロを擦りあわせて。
「んぅ…ッ、あ…っ、」
栄口が漏らす、男にしちゃ高い、甘い声。
──勘違い、しそーになる。この声も、表情も。全部、水谷のモノなのに。オレに向けられたものではないのに。
ぎゅっとオレのシャツを掴んで、しがみついてくる栄口。
今、何考えて、こーいうこと、してんの。
いくら、水谷だと思えって言ったって、そんなこと無理だって。オレだって、栄口だって、分かってんのに……!
も、限界だった。
これ以上、触れ合っていたら、すがられたら、もっと、欲しくなる。それは、栄口の身体に傷を残すことになる。
だから、オレは。
流されそうになる心を後ろから蹴っ飛ばして、栄口の肩をぐいと押した。
「ごめ、ん…っ、栄口…、オレ──」
泣きそうな顔してるオレを見て、栄口は、一筋涙を零す。
その涙が、あんまりキレイで、オレは言葉を失った。
「いつか──田島のことが好きになれたら──」
言いかけて、ハッとして栄口は口をつぐむ。
「やっぱ、いい。なんでもない。」
無理に笑顔をつくって笑うから。
最後に一回だけ、そう思って。
オレはぎゅうと栄口を抱きしめた。
「たじ、ま──?」
「こんな時に笑うなよ! 辛い時は泣けばいいだろ!?」
悔しいけど、栄口は水谷と一緒の時が一番キレイに笑うんだ。
「…っ、……っく、」
しゃくりあげるように、栄口が声を漏らす。その声は徐々に大きくなって。
「う、ぁあ…ッ、」
オレの胸ん中で、声をあげて栄口は泣いた。
「ごめん、ありがと。……少し、すっきりした。」
どのくらい経っただろう。目ぇ真っ赤にして微笑む栄口が痛々しい。
「好きとか、好きじゃないとかじゃなくてさ。栄口はタイセツなチームメートだし、な!」
そう言ってニカッと笑うオレに、栄口は目を瞠って、それからもう一度『ありがと、』って笑った。
だって、もうこれ以上栄口のこと、苦しめたくないから。オレが笑うしかないじゃん?
「オレ、帰るなー。栄口も早く帰れよ?」
「うん、あとちょっとで終わるから。」
少し、笑顔から不自然さが抜けたから。
良かった、ちょっとだけそう思えた。
部室を出て、部室からは離れてるオレたちが毎日汗を流すグラウンドに立ち寄った。
フェンス越しに覗けば、そこにチームのみんなが見えるみたいで。
水谷のことを見つめる栄口。でもその水谷は違うヤツを見てて──それで傷ついた顔する栄口を、オレはやっぱり見つめてて──
どうにも、なんねーのかよ。
せめて、水谷、栄口がお前のこと見てんの、気づいてやれよ……ッ。
作品名:kisses.【栄口総受】 作家名:りひと