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藤中 桐夜
藤中 桐夜
novelistID. 17828
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ありしひ

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その手を私は握らなかった。あるいは握れなかった。
触れた手の冷たさにぞっとしたことを、よく覚えている。

彼は太陽なんかじゃない。あたたかいだけのものでない。それを何故か後ろ手に隠して笑う。ふと見せる本能的な目が私を支配する。
心臓があまりにもはやく煩い音をたて、そのまま破裂してしまそう。浅い呼吸が余計に焦らせる。その恐怖に自身の肩を抱きこむと、がっくり力が抜けていく。
彼を恐れているのか、憎んでいるのか、わからない。考えることが、怖い。喉の奥から息を必死に吐き出す。傍らにひざまずいた陰の手が背中をさする。顔をあげられず目をきつく閉じた。
優しくあたたかい手のひら。どこまでも偽りのない温度。その一方でやらかなうそを湛える。私はどちらも選べない。兄のように反発し戦い出てゆくことも、あの子分のように目隠しの甘さと庇護を信じることも。しかしいつかは必ず。知らなければよかった、太陽のままあればよかった。もしくはその輝きを疎ましく思えるほどに憎めばよかった。何か一つのもので瞳を焼かれてしまえばよかったのだ。今すぐ拒絶してしまいたい、けれどまだその手を感じていたい。大丈夫かと気遣う声が痛い。
中途半端に甘やかしてくるくせに切裂いていくのだ。これ以上ないほどの圧力をかけて。
ようやくまともになった心音を聞きながら呼吸をととのえて立ち上がる。少し眩暈がしただけと笑ってみせる。
何もなかったふりをしよう。この胸の内は誰にも悟らせはしない。自分自身で、さえ。
長い廊下をそっと駆けていく。


それから長い年月がすぎる。
彼はもう太陽の沈まぬ国と評されることはないし、自分もまたその元から去った。
彼はいまも薄暗いなかで牙をむいて笑うのだろうか。それとももう、裏表のない陽気な笑顔しかみせないのだろうか。
時折顔をみせる彼は随分と穏やかで、一部の相手には口が悪いものの、まるで戯れのようだ。
だから自分も同じように昔を遠ざけて軽口をたたく。対等に、気安い関係として。
無理に押しやったそれから目をふせる。あの時のそれが何かなどもう覚えてないのだ。
いつまでも留めていられるはずがない。
言い聞かせて油断していた。


ぱきっと板チョコレートを折ると横から伸びた手が欠片をかすめていく 。
「とっときやで」
「ホンマに?最高やん」
ソファに体を預けた彼がカルヴァドスをあける。コニャックでもよかったかもしれない、
思いつつ蝋燭に灯をともした。やけに静かな夜だ。外のざわめきが何も入ってこない。
テレビのリモコンに手を伸ばしかけるといらんわ、と制された。
いつも騒がしくしているから、静けさは苦手だろうとおもったのに。
ふたつのグラスに注がれた琥珀を眺める、ライム色。佇むそれをみなかったことにして片方をとる。
そこかしこに違和感は転がっている。埋めようとしても、うまらない歪さ。
じわりと広がる物足りなさと安堵感。それでも子供ではないのだからと誤魔化し飲下する。
少し滑らかになった舌で他愛もない世間話を繰り返す。カカオの苦味が喉に焼け付く。


何杯めか、こくりと液体を流し入れグラスを置いたときに、笑うその瞳をみた。
今まできちんと直視したことないであろうそれを。
ああ。濁流が押し寄せる。溢れ出す。デジャウ゛ュ。
吐息を感じるまでもなく触れる唇の熱。味わうかのように、幾度も。
抵抗を忘れた体はなす術もなくソファに沈んだ。掠れた声の低い響きと瞳のひかりは紛れもなく、男としての彼であり、過去の輝きを散らしていた。名前をよぶ、そのすき間さえない。息をする。失われてなどいなかった。何ひとつ。生々しいわけではない、けれどぼやけてはいない。
あの長い廊下を駆けた少女はまだ少女のまま走り続けている。選択肢に手をつけられないまま。それでも私は気付いてしまった。
首筋に軽い痛み。頬に触れた手が氷のよう。どこまでも、何時までも、彼はそうなのだ。自分の本当を誰かに握らせることはない。
ゆっくりと氷の手が私を暴く。耳のいたくなるほどの静寂がこわされていく。




作品名:ありしひ 作家名:藤中 桐夜