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アマイニガイ

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アマイニガイ


 昼下がり。南中から一時もたたず、一番睡魔が強さを増す時間、安田はコーヒーのフィルターに、二度目のお湯を通した。
 旨さは一杯目で削ぎ落とされ、白い陶器のマグカップに注がれたそれは、ただの苦い水と少しの香りを残した。口に含むとやはり苦い。けれど、対睡魔としては十分な兵器だった。
「げっ、」
 背後でドスのきいた唸りを聞き、何となく声の主の顔を想像しながら安田は振り向いた。
「なんですか寺島先生、」
「…安田先生もブラックコーヒーなんですか?」
 明らかに不満そうな声色。顔も同じく、機嫌がいいとは言い難い。寺島の手には、新品のフィルターが握られている。未開封のそれを開けようとはせず、机を挟んだ目の前にいる中峰へ声を掛けた。
「中峰先生、ティーパック分けて頂けません?」
「えっ、そんなに俺の事嫌いですか寺島先生…。」
 やりとりを聞いていた中峰はくすりと微笑み、可愛らしい包みを一つ寺島へ手渡しした。
「アッサムですがよろしいですか?」
「コーヒー以外ならなんでもいいです。」
「はは…。」
 乾いた笑いしか出ない安田は、コーヒーが苦いせいなのか、この仕打ちがひどいせいなのか、自分でも分からない涙を目尻に浮かべた。
「紅茶って久しぶりに飲みました。コーヒー飲みなれてるせいか、薄い気もしますね。」
「ミルク入れますか?シロップもありますよ。」
 机の中からさっと二つずつ取り出すが、寺島は必要としなかった。
「私甘いの苦手なんですよ。」
「そうですか。」
 無必要となったミルクとシロップを、中峰は机の中へ戻す事なく、開封して自分のカップへ滑り込ませた。
 あまりの衝撃に、寺島と安田は二人して閉口する。
「な、中峰先生、それ、全部入れたんですか?」
「え?」
 横目で見ていた安田がコーヒーを噴き出した。
「安田先生汚いですよ!」
「げっほ、えっ…中峰先生、それ全部入れたんですか?!」
「それ今私が聞きました。」
 濃い色をしていた紅茶はパステルカラーに変わっていた。安田は思わず席を立ち、中峰の席まで寄り、カップを覗き込む。
「うわぁ~全部入れたよこの人…、」
「安田先生も如何ですか?」
「結構です!!」
 全力で断りをいれる。
 中峰が二口目を含んだ時、五時間目授業終了のチャイムが響いた。
「わわ、六時間目は準備しなきゃいけないものが…中峰先生、ごちそうさまでした!」
 寺島はカップに残っていたまっさらな紅茶を一気に飲み干し、足早に職員室を出ていった。
 まだ湯気が上っているコーヒーを口に含みながら、安田はぼんやりと中峰の紅茶を見つめていた。
「いつもブラックなんですか?」
 突然話しかけられ、一瞬戸惑ったが、振りむいた中峰の穏やかな顔に少し破顔する。
「俺も甘いもの苦手なんですよ。」
 甘いばかりの紅茶を飲みほしたらしい中峰が、すっと立ち上がる。安田の目線より少し上の中峰の瞳が、眼鏡の奥で自分に向けられる。
 ふと影が落ちて来た気がして、顔を上げてみると、息がかかるほどに近い中峰の顔。
 一瞬唇が触れたかと思うとすぐに離れ、甘い香りが安田の思考を鈍らせる。
「だからいつも苦いんですね。」
 安田は身体を強張らせ、耳まで赤く染めた。
 幸い、職員室には他に誰もいなかったものの、カーテンは開きっぱなしだし、いつ誰が入室してくるかも分からない。
 その不用心さに、安田は呆れた。
「中峰先生は、いつも甘いですね。」
「そうですね。」
「…俺甘いの苦手なんですけど。」
「そうですね。」
「もういいです。」
 安田が中峰に背を向け、自分の席へ戻ろうとした時、中峰は安田の手にあったカップごと掴んだ。
 まだ暖かいそれを安田から奪い、ひとくち飲んでみる。少し眉をひそめ、机の上へカップを置いた。
「苦いです。」
「無理して飲まなくても、」
「甘いのは、いやなんでしょう?」
 言いながら顔を近づける。気付いた安田が一歩後ずさるが、手首を掴まれ、逃げ道がなくなった。
「…ぅ、」
 目の前の廊下を通る足音が生徒か教師かどちらでもよかったが、その扉だけは開けてくれるな、と念じ、口の中に広がる苦い香りに、安田は思い切り目を瞑った。
作品名:アマイニガイ 作家名:桐重