春風
真行寺は何度も何度も俺にキスして、そして優しく抱きしめた。
いつもなら途中で寝てしまうことも珍しくない真行寺が常に真剣な目で俺を見つめ、そして刺激を与えていく。
「アラタさん・・・好きです」
もう何度目になるかも分からない告白に、俺は答えなかった。
答えることが出来なかった。
真行寺は所有物だ。確かにそのはずだった。
いつからその気持ちが変わったんだろう。
こんなに大切で、かけがえない気持ちに変わったのはいつだったかもう覚えていない。
過ぎる時間は早くて、窓の外が白み始めたのがカーテン越しに分かる。
もうすぐ俺は、ここを旅立つ。
「なぁ、真行寺」
「何すか、アラタさん」
「今日は寝ないんだな」
「だってアラタさんと居られる時間、惜しいじゃん」
「眠くないのか」
「眠くない」
「珍しいな」
言いたいことはそんなことじゃないのに。
こいつに、別れを告げなきゃいけないのに。
なかなか切り出せない。
この温もりを手放すことが―惜しい。
「真行寺」
真行寺の目を見つめて、呼びかける。
「どうしました、アラタさん」
真行寺も、俺の目を見つめ返す。
「今まで楽しめたよ、ありがとな。でもこれで終わりだ。俺は、きみの所有権を放棄する」
「やっぱり・・・そう言うと思ってたんだ。しかもアラタさん、こんな時は素直にありがとうって言うし。でも・・・」
真行寺が俺を見つめる視線が、今まで見たことないほどに真剣になった。
「俺はアラタさんを諦めないよ。来年、絶対に追いかけて行く。それにアラタさんが俺の所有者を辞めるっていうなら、今度は恋人になってもらう」
それから、もうすぐ一年。
昨日実家から封筒が送られてきた。
封筒を開くと、出てきたのはもう一つの封筒と、母からの手紙。
『真行寺君から手紙が届いたので転送します。良ければなんて書いてあったか教えてね』
真行寺からの封筒を開くと中からは手紙と、大学の合格通知書のコピーが出てきた。
―T大学 体育学部 合格―
『約束通り、アラタさん追いかけて行きます。』
そんな短いメッセージに、心臓がはねた。
T大学、見慣れた名前。もう通い始めて一年になる、大学の、名前。
医学部と体育学部。
学部は違えど、敷地は同じ。
本当に来るとは思わなかった。
全く期待していなかった、と言えば嘘になる。
でも祠堂にいる間に新しい恋人が出来てもおかしくなかったし、麓の女の子や地元の女の子と付き合うことぐらい、真行寺には造作もないことに思う。
それでも、真行寺は俺を選んだ。
再び告白しても受け入れてもらえないかも知れないのに。
それでも、俺を、選んだ。
心が忙しなくて落ち着かなかった。
それから、桜が咲くようになるまでの月日はとても短いように感じた。
昨日入学式を終えた構内は、サークル勧誘の声でとても賑わっていた。
その喧噪を避けるように、屋上へ上がった。
屋上から、下で繰り広げられる喧騒と、咲き誇る桜に目を送る。
春風が、ふわりと桜の花びらを舞いあげた。
そして―
「捕まえた。アラタさん、やっと見つけた」
俺が知っているより少し大きくなった背、
俺が知っているより少し低くなった声、
だけど変わらない、後ろから抱きしめられる温もり。
「お昼の時間にこんなところにいるなんて、アラタさんらしいね。相変わらず食事には手抜きなの?」
「そっちこそ、食事にうるさいきみが昼食もとらず何してるんだい?」
「そんなの、アラタさん探してたに決まってるでしょ。ねぇ、アラタさん・・・好きだよ」
「・・・・・あぁ、俺もずっときみが好きだったよ」
「アラタさん・・・・」
抱きしめる腕に力がこもる。
だけど決してきつくないように力加減をしている。
真行寺が一度俺から離れると、肩に手を添え自分の方を向かせる。
そして、優しいキス。
「アラタさん・・・・会いたかった。ずっと・・・会いたかったよ」
「あぁ」
「今度は俺の・・・・恋人になって下さい」
俺はその問いには答えず、真行寺のシャツを引き寄せ、唇を重ねた。
「それって肯定だよね、アラタさん」
真行寺はそう言うと、優しく微笑み、そしてもう一度キスをした。
今度は深く、溺れるようなキスを。
春風が、俺たちを優しく包んでいた。