貫通
蝉の声が、長く聞こえていた。目が潰れそうなほど晴れた空。強い夏の日差しが、俺と三郎の影を地面に焼き付けていた。授業の片づけを終えた空き時間、暇潰しに他愛無い話をしていたはずの、学園の片隅。
友達だったのに、友達だとしか思われていないのに。彼が知ったら、きっと、今の関係さえ変わってしまうのに。
途方にくれたような三郎の声は、蝉の声にかき消されそうだ。望みのない恋に打ちのめされて、震えている臆病な心。
けれどそれに対する俺の返事は、ずっと前から決まっていた。俺は視線を外し、戻し、地面に落とす。ふーん、ああそう、そうなの、それは。
「知ってたよ」
え、と三郎が顔を上げた。唖然としているみたいだった。それはそうか、彼にとっては一応、必死で隠してきたつもりなんだろうから。でも、俺は知っている。ずっと知っていた。もしかしたら、三郎が気づくよりも早くから。
「兵助お前、わかってるのか」
「何が」
「私の言ったこと」
「好きなんだろ、雷蔵が」
俺にとってはあまりに自明のことだったので、まるで大したことでもないように言ってしまった。それが気に入らなかったのか、三郎は眉を寄せた。
「違う」
「何が」
「だから……その。友達としてじゃなく、いや、友達だけど……つまり、私は、雷蔵のことを」
「口吸いしたいくらい好きで」
「……へ、兵、」
「触れたいくらい好きだと」
「……おい」
「いっそどうにかしてやりたいし、してしまう気がして怖いっていう、好き」
「……」
「三郎、好き」
「……え?」
目を瞬いた三郎が何かを言う前に、俺はそれを繰り返した。
「好きだよ」
訝しんでこちらに足を踏み出そうとしていた三郎が、打たれたように動きを止めた。高く響く蝉の声が、しらじらしいほどのけたたましさで、俺たちの沈黙を塞ぐ。遠くで、授業を終えた下級生たちの話す、無邪気な声が聞こえる。俺は声を絞り出す。聞こえなくてもいいと、いっそ聞こえないでほしいとさえ願いながら。
「好きだったんだよ。ずっと。友達としてじゃなく、お前が」
三郎の眼が見開かれ、衝撃に竦むように震えた。
自分と同じ苦しみ、同じ言葉。お前がずっと、声に出せず外に出せず閉じ込めてきたもの。もう限界だと、泣き叫んで取り零すしかなかったもの。お前の恋。
だけどお前は知ってた? お前の傍で、お前と同じ目をした奴がずっといたこと。世界の隅で、たまらない片思いに泣いているみっともないのが、お前のほかにもいるんだってことに気づいてた?
数歩離れた距離で動かない三郎を、俺は見つめる。途方に暮れたような彼の顔。雷蔵よりも、少しだけ濃い瞳の色。俺は、少しだけ笑ってみせる。ずっとこの日を待っていた。本当に、馬鹿みたいに待っていたんだ。三郎の心が、誰に向いているのかに気づいた時から。
さあ、息の根を止めてくれ。この心にとどめを刺してくれ。