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神月みさか
神月みさか
novelistID. 12163
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ハッピー! バレンタイン

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《 臨也の場合 》



 折原臨也の行動は、いつも唐突で奇矯だ。

「ハッピーバレンタイン! という訳でコレ、俺からの愛の詰まったチョコレートだよ。受け取って」

 二月十四日の放課後。
 池袋を適当にぶらついていた帝人の目の前に唐突に差し出されたのは、某有名チョコレート専門店のペーパーバッグだった。中には大きめの箱が綺麗にラッピングされて納まっている。

「え、受け取れませんよ、こんなに高価な物は」

 あまり親しくない人間から贈られるには、少々値が張り過ぎると思われる品物に、帝人は困惑したように応じた。

「なに? 本命チョコじゃないかって心配? アハハ! 俺はすべての人間を平等に愛しているからね! 別に帝人君が特別って訳じゃないから勘違いしないでよね」
「いえ、一ヵ月後に三倍返しを求められた場合応じられないので受け取りたくないと言っているんです。臨也さん、絶対なにか要求する気でしょう」

 疑問系ではなくはっきりと決め付けた口調に、臨也はわざとらしい仕草で首を振った。

「苦学生にお金で買うような物を要求したりはしないよ。買える物なら自分で買えば済む話だし。帝人君にはちょっとその体を使った――」
「では失礼します」

 軽く頭を下げてそのまま立ち去ろうとする帝人の前に、にやにやと嫌な笑みを浮かべた臨也がまわり込んで遮った。

「恥ずかしがってんの? 遠慮してんの? どうせ帝人君のことだから、女の子からはひとつもチョコ貰えなかったんだろ? 素直に受け取りなよ」
「さらっと失礼ですね。ちゃんと貰えましたよ、臨也さんは絶対に貰えないチョコレートを。いいからどいて下さい」
「見栄張んなくてもいいんだよ? 馬鹿にしたりしないから」
「してますよね? 完全に馬鹿にしてますよね? 不愉快ですので消えて下さい池袋から」
「シズちゃんみたいなこと言わないでよ、気分悪いなぁ」
「ではこの世から消えて下さい」
「もう、なんで毎年この日になると、男からの当たりがキツくなるのかなぁ。妬む気持ちはわかるけど、妬んだところで帝人君が俺みたいにモテるようになる訳じゃないんだよ?」
「――イラっときますね、本当に。このダメ大人は」

 帝人はなだらかな眉間に皺を寄せたが、それも数秒だ。どうせなにを言っても聞く気はないのだ、相手にするだけ労力の無駄だ。
 踵を返して逆方向に立ち去ろうとしたが、今度は細いが力強い腕に抱き込まれてしまった。

「はっ――離して下さい!」
「やーだーよ。だって帝人君、逃げようとするんだもん」
「もんじゃないですよ! 見世物になるのは御免です! バレンタインデーに男同士でくっついてるとか、ホラ見られているじゃないですか!」

 道行く人々が帝人達をちらちらと眺めていくのは、その何割かはホモカップルだと思っているのではないかと帝人は心配になる。
 しかし臨也は気にした素振りもなく、返って上機嫌になったようだ。

「まぁね。ホラ、俺って目立つしさ。だから帝人君がひと目のない場所でふたりきりでイチャつきたいって言うなら、ホテルに移っても構わないけど?」
「本当にひとの話を聞けない大人ですね! 言語読解能力がないんじゃないですか!?」

 しばらくじたばたとしていたが、帝人がその場を動かないとわかると、臨也は妥協案を出してきた。

「じゃあさ、帝人君がチョコをくれるなら帰ってもいいよ。勿論ホワイトデーには三倍どころか三十倍にして返してあげるからさ」

 俺がチョコを受け取ってあげるなんて、特別なことなんだからね、と付け加えることを忘れない男に呆れながらも、それで解放して貰えるならばと帝人は鞄を漁った。

「――はい、どうぞ」
「―――」

 差し出された臨也の手のひらに乗せたのは、小さなハート型のチョコレート数個だ。ひとつひとつが色とりどりの銀紙に包まれた、とても贈答用には見えない品だ。

「――なにこれ」
「チョコレートです」
「そりゃ見ればわかるよ」
「欲しがったのは臨也さんでしょう。これで満足でしょう? ホラこれ持って帰って下さい」
「なにそのぞんざいな扱い」

 口では不満そうなことを言いながらも、臨也の頬は緩んでいる。
 こんなに顔はいいのにそこまでチョコレートに縁がないのかと、帝人は臨也が哀れに思えてきた。すべては性格と人間性の所為に違いない。

「――今すっごい失礼なこと考えたでしょ?」
「お互いさまですよ」
「まあ照れ隠ししてる帝人君も可愛いから許すけど。それにバレンタイン前に男がギフト用のチョコレート買うのは恥ずかしいだろうしね。アハハ、でもちゃんと用意してたんだ。本当に可愛いなぁ帝人君は」
「――ウザっ……」

 帝人は眉根を寄せて目の前の男から目を逸らせた。
 これで満足したならば、今の内に立ち去ろうとも思ったが、誤解されたままでいるのも気分が悪い――というか、誤解をそのまま広められそうな嫌な予感がして、帝人は余計なこととは思いながらも付け加えた。

「僕が用意した訳じゃありません。狩沢さんから貰ったんです」

 正直にそう言えば、臨也ははっきりわかる程表情を歪めた。

「え? なにそれ。女から貰ったチョコをそのまま流用した訳? てゆーかこれ、義理チョコにしても酷くない?」
「違います。狩沢さんから貰ったのはこっちです。それに義理チョコじゃありません」

 帝人は鞄の中から赤い包装紙の小さな箱を半分程出して見せた。
 ひと目で量販店の安物とわかるパッケージに、臨也は眉を顰めた。

「なに。あの女から貰ったって言ったのは帝人君だろ。それにそれ、どう見ても義理じゃん」
「違います。当人がはっきり言っていました。これは義理なんかじゃなく、心からの友情の込められた友チョコです。臨也さんにはおそらく一生縁のない品です」
「――え、それどういう意味?」

 そのとき狩沢は言ったのだ。

『ねえねえみかプーはちゃんとチョコ用意した? え? 駄目じゃない! そりゃこの時期男の子がチョコレート買うのは勇気が要るかもだけどさ! みかプーからのチョコを期待している男共が可哀想じゃないの! ううん、わかったわ、じゃあこのチョコあげる! 気になる男の子に渡すといいよ。遠慮しないで! 包装はしてないけど、これはこうやって銀紙剥いて「はいっ」て口の中に入れてあげればそれでOKだから大丈夫! 勿論口移しの方が効果は高いよ! じゃあ頑張ってね! 成果は後日聞かせて貰うからね~!』

 用意する必要はないでしょう、男からなんてどれだけ侘しくても誰も貰いたくはないですよ、期待しているのは狩沢さんひとりです、いえ要りません遠慮じゃないです、ってはむっ(口の中にチョコを放り込まれた)――んんっ!? んん待って下さい成果なんてありません――ッ!!

 ――という帝人の言葉を一切聞かず、狩沢絵理華は笑顔で走り去ってしまった。

「――とまあそんな感じで」

 勿論銀紙を剥いて以降の部分は削除して、帝人が事情を説明すると、何故か臨也は嬉しそうに破顔した。

「なぁんだ! やっぱり帝人君てば、俺のこと気になってたんだ! 最初から素直にそう言えばいいのに」
「なんでその部分だけ抜き取るんですか」