家族の肖像
家族というものを知っているのはマイスターのなかではロックオンだけだった。（その事実を彼ら自身は互いに知らずとも。）
だから彼以外のマイスターたちはそろって家族でするイベント事に疎かったし、そのせいでロックオンのことを「イベント好きな男だ」と認識していた。そこに付随する感情はそれぞれで、つまりアレルヤは好意的だったしハレルヤはうっとおしそうだったし、ティエリアは無関心だったし刹那は何を考えてるのかわからなかった。いつものことだ。
「それで、これも『家族のイベント』というやつか」
「イヤミか、イーヤーミーかそれは！刹那！」
「それほどのユーモアが刹那・F・セイエイに備わってるとは思えない」
「すごい大量。食べれるんですか、これ」
アレルヤが背後から手を伸ばしかけるのを、ロックオンは制止する。
「素手で触るとイタイ目みるぜ？」
「え……新種の生物兵器？」
「ガンダムの新装備か」
「ヴェーダのデータベースにはないっ！ロックオン・ストラトス！いますぐ報告書を提出しろ！！」
「めんどくせー！おまえらめんどくせー！」
ロックオンは、いつもしているのとはちがう透明ビニールの手袋をはめた指で、その『生物兵器』のひとつをつまみあげた。
真っ赤な、テロテロとした、形状としては、ピーマンを細く小さくしたようなもの。背後のアレルヤも、向かいに座る刹那とティエリアも、幾分興味ありげに覗き込んでくる。
「ハバネロっつって、唐辛子の一種だ。…あーさっきのリアクションじゃつまり、おまえたちは唐辛子自体をしらねえってことだな？」
ニヤリ、悪いおとなの笑みを浮かべ、ロックオンは真っ赤なそれをアレルヤに向けて突き出した。
「なに？」
「食ってみろ」
「…嫌だ」
アレルヤは警戒心丸出しで首を振った。たぶん彼の中でもうひとりの彼が「ぜったいに口にするんじゃねえ！」と騒いでることだろう。
しかたないとばかりにロックオンは、次に向かいに座るティエリアに向けて差し出してみた。ティエリアは冷めた瞳で一瞥し、「そのような得体のしれないものを食べて体調を壊しては、ガンダムマイスター失格だろう」とやはり拒否の姿勢。
そうなると結局刹那に向けられることになる。
「ほれ、刹那。食ってみ。だいじょうぶ、変なもんじゃねえし、レッキとした食べ物だ。むしろ栄養豊富だある地域じゃこぞって奪い合うぐらいのシロモノだ」
「………」
刹那は、ロックオンの指によって突き出されたその赤いてらてらしたものに、おもいっきり鼻を近づけてクンクン匂った。犬か猫みたいだ。
野生の勘はYESといったらしい。
次の瞬間、刹那はその尖った部分にぱくりと齧りついた。
「お」
「うわ」
嬉しそうなロックオンの横で、アレルヤが露骨に眉をひそめる。
刹那はもぐもぐと口を動かし、たのは一瞬だった。
「ゲホッ！ゲホッゲホッ、ゴホッ！！」
「ロックオン・ストラトス！！！」
刹那が咳き込んだと同時にものすごい勢いで立ち上がったティエリア・アーデは、対面のロックオンの襟元を両手でつかみ、ものすごい勢いで締め上げた。
「おいっちょ、まてまてまてっ！くるしいっ！！」
「うわぁ…」
「何をしているアレルヤ・ハプティズム！！即座にその生物兵器を隔離し分析ししかるべき方法で処分しろ！このようなものを艦内に持ち込んだ罪は重いぞロックオン・ストラトス！！万死に値する！！！」
その細腕のどこにそんな力をひねり出す筋肉があるんだと疑うほど、ティエリアはロックオンの襟元をギリギリギリと絞り上げる。ティエリアの怒りは刹那への心配じゃなく純粋に赤いてろてろとした未知の『生物兵器』への警戒だ。
怒鳴りつけるティエリアの迫力にドン引きのアレルヤは、唖然として2人の様子を見ている。（見ているだけで、助けない。）
上半身を掴み上げられているロックオンは必死に両手を振って弁解を試みた。
「まてっ落ち着けティエリア！うえっ！おまっ、ほんっと馬鹿力…っ！とにかく刹那に、水！水渡させろ！」
なんとかティエリアの腕を振りほどき、ロックオンはいまだむせている刹那に用意していたエネルギーウォーターのパウチを差し出した。
受け取った刹那は一瞬で飲み干してしまう。それでまだようやくマシになったか、咳き込みすぎたせいで顔を赤くしながら刹那は射殺しそうな目でロックオンを睨みつけた。
「……駆逐する」
「悪かった！ごめん！このとおり！許してくださいとりあえずその物騒なモンしまって？」
「説明を要求する。返答次第によっては処罰も辞さない」
ティエリアの有無をいわせぬ口調に、ようやく腰をおろし直したロックオンは降参とばかりに両手をあげた。
思わずいつも身につける護身用のナイフに手を伸ばしていた刹那も、おとなしく席につき直す。敵を睨めつけるような険しい目つきはかわらないが。
「本当にちゃんとした食い物だよ。ただし激辛。スパイスとかによく使われるな」
「ああ、なんか見たことはある気がする。市場とかで。お酢に漬け込んであったりしません？」
「風味付けになるからな。ビタミンも豊富だし暑気負けにも有効」
「ヴェーダのデータベースにはないぞ…」
「ヴェーダには必要ないからじゃねえの…」
ティエリアが真剣な顔で考え込むものだから、ロックオンはもうどうでもよくなって投げやりに返した。アレルヤは興味深そうにハバネロの群れを眺めている。
ハバネロの激辛っぷりの体現者となった刹那は、ロックオンの説明に納得した様子で、それでも少しすねたみたいな表情で両腕を組む。
「辛いというよりもはや痛いぐらいだった。これを何に使うんだ、あんたは」
「潰してペーストにすんの。で、出撃ん時に奥歯に仕込んでおいたりする」
「出撃時に？何の目的でだ」
「狙撃任務ってのは場合によっちゃ、とんでもない長時間、狙撃体勢でじっとしてなきゃなんねえんだよ。何時間もスコープを覗いてな。どうしたって集中力が切れる。そうゆう時にこいつを噛めば、脳への刺激になって集中力が上がる」
「へぇ〜そうなんだ」
感心したように相槌をうつアレルヤに、ロックオンはやはりニヤと笑って刹那がかじったハバネロを差し向けてくる。
「試してみるか？」
「…遠慮しときます」
こんな風にマイスター4人がテーブルを囲むようになったのも案外最近のことだ。見ようによっては団らんに近い。同じ場所で同じ時を過ごす。それは家族というものに似ている。