おいでませ巽家
「よ!着替え終わったか?」
軽くノックをしてからドアを押し開けると、相手は居心地悪げな表情で頷いた。
「おお!なかなか似合ってるじゃねーか!」
「…そうか?」
疑わしいげに自身を見下ろす相手の肩を、マトイは豪快に叩いた。
「それならまず異星人だって誰も思わないぜ!」
「そうだといいのだがな…」
そう言いながら顔を上げ、マトイに不安げな視線を投げた。前髪が、片目を隠す。
マトイは、ちょっと「あれ?」と思った。
巽家の住人が増えると決まったのは、二週間前のこと。
急遽決まった訳ではなかったが、準備は慌ただしかった。それは恐らく、同居人が減るという事はあってもその逆は一度としてなかったからだろう。
慣れない準備の初期段階でもたつき、実際の行動に移せたのはなんと同居初日前日の事だった。
普段使っていない部屋を次男・ナガレと三男・ショウ、それから四男・ダイモンで掃除。その間に長男・マトイ、長女・マツリが日用品の買い出しに出かけた。
何せ、間借り人は普通の人ではない。地球人でもない。魔獣王を追って地球にやってきた、魔獣ハンター・ジークだ。魔獣王に重傷を追わされたが、何とか生き抜き、傷ついた体を病院で癒していた。
その為、地球の普段着さえないのだ。買わなければならない物は必需品だけでも結構な数。どんなデザインが好みかも分かない。おまけに服のサイズも分からない。悩んだあげく、まだ比較的近いだろうマトイの体型と比べつつ選んだ。
日用品一式を、掃除の終わった最上階の部屋へ持ち込み、整理整頓。ようやく一段落ついたのは、ジーク到着5分前だった。
予定時刻通りやって来た……と言うより、マトイ達の父・モンド博士に連れて来られたジークは、額に汗して自分を出迎えた面々を訝しげに見つめた。
「お前の部屋は1番上だから。とりあえず行ってみてくんねぇかな?」
歓迎の挨拶もそこそこに、マトイはジークを部屋へ案内した。ジークの後には、マトイと同じく、妙にテンションの上がった兄弟達が続く。
「似合うかな?」
「似合うに決まってるでしょ、ダイモンお兄ちゃん!私が選んだのよ?」
「分かってる!分かってるけどさぁ、やっぱり気になるじゃない!」
「俺としては、服の着方を知ってるかどうか気になる」
「おい、少し落ち着け。ショウまで浮かれてどうする」
「いやいや、ナガレ兄も浮かれてるでしょ」
そんな兄弟達の会話が続く間に、難無く目的地に到着。マトイはジークの部屋のドアを開け、中に招き入れた。
「今日からここが、ジーク、お前の部屋だ」
「そうか…」
一通りぐるっと部屋を見回し、ジークは呟いた。気に入ったのかどうか、その反応からは推し量れないが、まぁ良しとして、予め用意していた服一式をジークに手渡した。
「それと、これが地球の普段着。今から着てみてくれよ。サイズが合うかどうか見たいから」
「…解った」
「着方、分かるか?」
「ああ、大体はな」
「じゃ、俺達は下で待ってるから」
……っと、ジークを部屋に残して5分後、マトイは気になり、お茶の準備をしている兄弟達を置いて一人、最上階に戻って来たのだった。
Tシャツにジーンズといったラフな恰好のジークは、確かになかなか似合っていた。むしろ、予想より似合っていた。サイズも、ジーンズの丈が心許ないくらいで大丈夫なようだ。
「よし!下に降りて皆に見せようぜ!マツリが特に気にして…」
満足げに頷いて踵をかえしたマトイは、しかしすぐに足を止めることとなった。
ジークがガッシリと、マトイの肩を掴んだのだ。
「…?どうかしたか?」
「…一つ、聴きたいことがあるんだが」
真剣な表情で、ジーク。
「聴きたいこと?」
「ああ」
「なんだ?」
一瞬の間を空けて、ジークは言った。
「何故俺をここに住まわせる?」
「ん?」
何が言いたいのか解らず、マトイは首を傾げた。
「だって、お前、住むところないだろ?」
「そういう事ではない」
「???」
「……つまりだ」
視線を横にそらしながら、ジークは嘆息した。
「俺は……お前達に酷い事をした…。そんな俺を……俺と一緒に住むというのは…」
「納得できない?」
「理解できない」
本当に理解できないのだろう。眉間にシワを寄せて黙り込むジーク。マトイはそんなジークを不思議に思った。
「だって、してないじゃん」
「……何だ?」
「ジークは、俺達に酷い事、してないだろ」
「…何を言っている、俺は…」
「京子さんの傷、治してくれたじゃねーか」
「あれは!……俺がつけた傷だ」
「だけど別にわざとしたんじゃない。だろ?」
「………」
「ジークがここに居てくれるとさ、京子さんも喜ぶし兄弟も喜ぶし、俺も嬉しい」
そう口に出して言ってから、マトイは、ジークが一緒に住む事を喜んでいる自分に気づいた。ジークの言う通り、考えてみれば少しおかしい。初対面の印象は最悪な上、頑固なジークに苛立ちを感じたりしたのに、何故嬉しいと思っているのだろう。
「本当に…、お前達は不思議な奴だな」
自分の感情の原因が解らず考え込んでいると、ジークの呟きが耳を打った。視線を戻すと、彼は笑っていた。
「笑った……」
「?」
「笑った顔、初めて見た…」
「!」
指摘され恥ずかしくなったのか、ジークの顔が一気に朱に染まった。笑顔は固い表情へと切り替わる。
だが、その表情も先ほどの笑顔も、更に言えば今更気づいたのだが、前髪で片目が見えなかった時の表情と視線をそらした時の横顔も全て、
(可愛いな!)
恥ずかしがって顔をそらすジークの、その顔を回り込んで覗き込みながら、マトイはこれからの日常に期待で胸を膨らませた。
騒いでいる二人に気づいた兄弟達のタックルを受けるのは、この数分後……
終
軽くノックをしてからドアを押し開けると、相手は居心地悪げな表情で頷いた。
「おお!なかなか似合ってるじゃねーか!」
「…そうか?」
疑わしいげに自身を見下ろす相手の肩を、マトイは豪快に叩いた。
「それならまず異星人だって誰も思わないぜ!」
「そうだといいのだがな…」
そう言いながら顔を上げ、マトイに不安げな視線を投げた。前髪が、片目を隠す。
マトイは、ちょっと「あれ?」と思った。
巽家の住人が増えると決まったのは、二週間前のこと。
急遽決まった訳ではなかったが、準備は慌ただしかった。それは恐らく、同居人が減るという事はあってもその逆は一度としてなかったからだろう。
慣れない準備の初期段階でもたつき、実際の行動に移せたのはなんと同居初日前日の事だった。
普段使っていない部屋を次男・ナガレと三男・ショウ、それから四男・ダイモンで掃除。その間に長男・マトイ、長女・マツリが日用品の買い出しに出かけた。
何せ、間借り人は普通の人ではない。地球人でもない。魔獣王を追って地球にやってきた、魔獣ハンター・ジークだ。魔獣王に重傷を追わされたが、何とか生き抜き、傷ついた体を病院で癒していた。
その為、地球の普段着さえないのだ。買わなければならない物は必需品だけでも結構な数。どんなデザインが好みかも分かない。おまけに服のサイズも分からない。悩んだあげく、まだ比較的近いだろうマトイの体型と比べつつ選んだ。
日用品一式を、掃除の終わった最上階の部屋へ持ち込み、整理整頓。ようやく一段落ついたのは、ジーク到着5分前だった。
予定時刻通りやって来た……と言うより、マトイ達の父・モンド博士に連れて来られたジークは、額に汗して自分を出迎えた面々を訝しげに見つめた。
「お前の部屋は1番上だから。とりあえず行ってみてくんねぇかな?」
歓迎の挨拶もそこそこに、マトイはジークを部屋へ案内した。ジークの後には、マトイと同じく、妙にテンションの上がった兄弟達が続く。
「似合うかな?」
「似合うに決まってるでしょ、ダイモンお兄ちゃん!私が選んだのよ?」
「分かってる!分かってるけどさぁ、やっぱり気になるじゃない!」
「俺としては、服の着方を知ってるかどうか気になる」
「おい、少し落ち着け。ショウまで浮かれてどうする」
「いやいや、ナガレ兄も浮かれてるでしょ」
そんな兄弟達の会話が続く間に、難無く目的地に到着。マトイはジークの部屋のドアを開け、中に招き入れた。
「今日からここが、ジーク、お前の部屋だ」
「そうか…」
一通りぐるっと部屋を見回し、ジークは呟いた。気に入ったのかどうか、その反応からは推し量れないが、まぁ良しとして、予め用意していた服一式をジークに手渡した。
「それと、これが地球の普段着。今から着てみてくれよ。サイズが合うかどうか見たいから」
「…解った」
「着方、分かるか?」
「ああ、大体はな」
「じゃ、俺達は下で待ってるから」
……っと、ジークを部屋に残して5分後、マトイは気になり、お茶の準備をしている兄弟達を置いて一人、最上階に戻って来たのだった。
Tシャツにジーンズといったラフな恰好のジークは、確かになかなか似合っていた。むしろ、予想より似合っていた。サイズも、ジーンズの丈が心許ないくらいで大丈夫なようだ。
「よし!下に降りて皆に見せようぜ!マツリが特に気にして…」
満足げに頷いて踵をかえしたマトイは、しかしすぐに足を止めることとなった。
ジークがガッシリと、マトイの肩を掴んだのだ。
「…?どうかしたか?」
「…一つ、聴きたいことがあるんだが」
真剣な表情で、ジーク。
「聴きたいこと?」
「ああ」
「なんだ?」
一瞬の間を空けて、ジークは言った。
「何故俺をここに住まわせる?」
「ん?」
何が言いたいのか解らず、マトイは首を傾げた。
「だって、お前、住むところないだろ?」
「そういう事ではない」
「???」
「……つまりだ」
視線を横にそらしながら、ジークは嘆息した。
「俺は……お前達に酷い事をした…。そんな俺を……俺と一緒に住むというのは…」
「納得できない?」
「理解できない」
本当に理解できないのだろう。眉間にシワを寄せて黙り込むジーク。マトイはそんなジークを不思議に思った。
「だって、してないじゃん」
「……何だ?」
「ジークは、俺達に酷い事、してないだろ」
「…何を言っている、俺は…」
「京子さんの傷、治してくれたじゃねーか」
「あれは!……俺がつけた傷だ」
「だけど別にわざとしたんじゃない。だろ?」
「………」
「ジークがここに居てくれるとさ、京子さんも喜ぶし兄弟も喜ぶし、俺も嬉しい」
そう口に出して言ってから、マトイは、ジークが一緒に住む事を喜んでいる自分に気づいた。ジークの言う通り、考えてみれば少しおかしい。初対面の印象は最悪な上、頑固なジークに苛立ちを感じたりしたのに、何故嬉しいと思っているのだろう。
「本当に…、お前達は不思議な奴だな」
自分の感情の原因が解らず考え込んでいると、ジークの呟きが耳を打った。視線を戻すと、彼は笑っていた。
「笑った……」
「?」
「笑った顔、初めて見た…」
「!」
指摘され恥ずかしくなったのか、ジークの顔が一気に朱に染まった。笑顔は固い表情へと切り替わる。
だが、その表情も先ほどの笑顔も、更に言えば今更気づいたのだが、前髪で片目が見えなかった時の表情と視線をそらした時の横顔も全て、
(可愛いな!)
恥ずかしがって顔をそらすジークの、その顔を回り込んで覗き込みながら、マトイはこれからの日常に期待で胸を膨らませた。
騒いでいる二人に気づいた兄弟達のタックルを受けるのは、この数分後……
終