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ファンタジアが戒める軛となる

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静雄は女子供は殴らない主義だ。格好付けだとかそんなことではなくて、殴れば壊れてしまうという確信があったからだ。
特に子供は殴らない。骨も筋肉も出来上がっていない子供を殴ったら、まず間違いなくその子供は死ぬだろう。静雄はそれが怖い。

静雄は喧嘩して暴れ回っていたいわけでもなければ、力を誇示して優越感に浸りたいわけでもない。多くの人間が望むように平和に静かに生きたいのだ。
だから自分をそれらから遠ざけてしまう自分の特異さが嫌いだ。憎んでいると言っても過言ではない。
怪我ならば静雄にとっては哀しいことにもはや慣れてしまっていて、むしろ喧嘩を売ってきた方が悪いと思えるけれど、命を奪うのは別だ。別どころか同列に考えるのすらおかしいと思う。少し加減を間違えれば容易く人を殺してしまえるからこそ、静雄はそうなりかねない子供、そして多くの女を恐れていた。静雄は女を舐めてかかっているわけではない。中にはそこらの男どもよりよっぽど屈強な女もいると分かっている。それでも大多数の女は脆いのだと経験的に知っている。



けれど、どんなことにも例外はあるもので、その大多数に入るであろう女でも、唯一殺してやりたい存在がいた。その者、即ち臨也は女だとか男だとか関係なく、性格が髄から腐っているから致し方ないと静雄は思う。その本性を知ったら百人中少なくとも九十九人は静雄と同じ感想を抱くと確信できるような存在だった。
本来ならば間違っても関わりたくない。ただでさえ厄介な自分の能力を抱えている身だ。これ以上の面倒は避けたい。けれど静雄と臨也の間にはどうともならない因縁ができてしまっていて、臨也を見掛ければ殴りかからずにいられないというのももはや脊髄反射のようなものになってしまった。


「臨也てめぇぶっ殺すまじ殺す殺す殺す殺すあぁくそ殺してぇ心の底から」
「その台詞は聞き飽きたよシズちゃん」
はぁーぁ、とわざとらしく溜め息を吐く臨也に顔が引きつった。ぎりぎりと噛み締めた歯が音を立てる。
「俺も言い飽きた。だから今すぐ黙って俺に殺されろ」
「はは、いつもそう言うけど結局殺すことはおろか殴ることすらできないんだ。優しいよねシズちゃん、反吐が出るよ」
「ふざけんなノミ蟲、女だからって俺が殴れないと思ったら大間違いだぜ」
「じゃあ殴ってみせてよ。はい、抵抗しないからさ」
臨也におちょくられていると感じながらも頭に血が昇るのは静雄にはどうしようもなかった。腕を思い切り引いて振りかぶる。勢いを殺さないまま臨也に向かって突き出した。臨也は静雄の拳が臨也に向かっていくのを笑いながら見ている。
鈍い音が響く。校舎自体が揺れた気がした。静雄はめり込ませた拳をゆっくりと引いた。静雄の拳の形に抉れたコンクリートの壁からぱらぱらと破片が落ちた。臨也は耳のすぐ横で生まれた轟音と振動に微かに眉根を寄せはしたが、けれどそれだけだった。


「……っくそったれが」

腹の底から絞り出すような声が漏れる。壁を壊してもいらだちは収まらず、むしろ余計に鬱憤が溜まった。臨也が目線を外した静雄にくすくすと笑う。細い腕を静雄の首に絡めてしどけなく寄り添ってきた。

「ほらやっぱり殴れやしないんだ。臆病者だねシズちゃん、つまんないなぁ」
















ファンタジア:音楽用語の一。幻想曲の意。