世界の音、彼の音
「君はどうかな?」
音のないわたしの世界に、その言葉は響いた。響いたそれは自分に向けられた問いかけ。
何を、という主語が抜けた比較対象のないものだった。
「何が、どうかな、なの?」
うとうとしていた意識がはっきりして、暫くすると脳が起き始めて、目がぱっちり開く。
そして今度はわたしが問いかけてみる。
ソファーに寝そべっている彼に近寄って、つんつん。脇腹辺りを指で突っついてみた。
すると少しだけ彼の体が反応して、わたしの方を向いく。
「…サカナちゃん」
「わたしを起こしたんだから、ヘッドも起きて」
「…そうだね。俺が君を起こしてしまったなら、起こした俺も起きなければフェアじゃないか」
そうよ、と少し怒った顔を作れば苦笑混じりに眉を寄せて、ごめん、と謝られる。
本気で怒っているわけじゃないから、怒った顔を止めてすぐに元の普通の顔に戻した。
「君は怒った顔も可愛いね」
「じゃあこれからずっと怒った顔でいた方がいい?」
「毎日怒るの?何に?」
「わからない」
「なら止めた方がいい。それにあまり眉間に皺を寄せすぎると本当に皺がついてしまうよ?」
「じゃあ止めた」
最初の問いかけの疑問から遠く離れてしまった会話を彼としていると、今まで何をしていたのかも忘れてしまいそうだ。
何も考えずに会話をしているから、何も覚えていない。
「ねぇ、わたしたち何のこと話してたの?」
「さぁ…何だったかな」
彼もわたしも首を傾げてわからないと言った。そして次にいいや、と諦める。
きっと何か下らないことに違いないだろうからと決め付けて考えるのを止めた。
彼の上に倒れるように雪崩れ込むと、わたしの体をしっかり抱き止めてくれた。
「サカナちゃん」
抱かれた体はそのままに腕だけを彼の背中に回せば、もっと強く抱きしめられて。
聞こえてきた、彼の心臓の音。ドクン、ドクン。一定のリズムで正常に動いているのがわかる。
その音を聞きながら、瞼を閉じればすぐに起きる前の微睡みに誘われる。
「おやすみ、サカナちゃん」
時計の音すら聞こえないわたしの世界で、唯一音として聞こえるのは、彼の命の音だけ。
【世界の音、彼の音】