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甘く、ありふれて、甘く。

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             甘く、ありふれて、甘く。










ダークブラウンのドレッドヘアに、指を通す。
静雄の手に、心地よさそうに片目を瞑って、トムが体を預けてくる。
みぞおち位まで張られた湯が、波を打っている。
後ろから抱き込んで、静雄の足の間にトムが座った体勢で、二人とも膝は伸ばせない。
ユニットバスほどではないが、狭い風呂だ。

「トムさん、まだ寝ないで」
「んー。起きてる」
もう片方のまぶたも閉じかけていたトムが、億劫そうに答える。
眠ってしまっても、トムを抱えてベッドまで運ぶ位、静雄には簡単な仕事だ。
けれど水気を含んで重たい髪は、あとで乾かすのに苦労する。
一房ずつタオルで絞り、ドライヤを当てるのも、静雄の役得ではあるが、本人が起きていないとどうにもならない。
「髪、タオルであげときますか」
「届く?」
「すぐ外に用意してありますから」
言いながら、静雄が後ろ手を伸ばす。
ギィ、と真中が凹んでスライドする扉を開けると、浴室に冷たい空気が流れ込む。
片手はトムの腹に回されたまま、器用に白いタオルが持ち込まれた。
「はい。ちょっと離れて」
てきぱきと慣れた仕草で、静雄はトムの髪をまとめてタオルを巻く。
最初はぎこちなく、髪がこぼれたり、加減が分からずきつく締めすぎたりもした。
今では本人よりも手際が良いと、静雄もトムも思っている。
「おー。ご苦労」
再びトムが、背中を預ける。
ぱしゃ、と湯がはねる。
白いタオルを巻いた頭は、ほとんど静雄の顎の下になってしまう。
「トムさん、せっかく上げたのに、俺の大好きなトムさんのうなじが見えないんすけど」
「まさか、そのために上げてくれたんか」
「未亡人AVっぽいっすよね、うなじ見せてんの」
「・・・どこで見たのかな、静雄くん」
「昔、トムさんの部屋のベッドの下で」
「・・・あー」
「パッケージだけっすよ」
「イケナイ中学生だなー」
「ほんとにね」

静雄はずいぶんと成長した。
その昔、自分にやさしくしてくれた先輩の部屋で見つけたAVを見てわき上がった興奮と寂しさの意味を、今なら何というのか知っている。
10年ぶりの再会に、喜びに交じった切なさの意味も、遠回りしてようやくここへたどり着くまでの長い道のりも、無駄ではなかったと知っている。

「未亡人ってなんで着物なんすかねぇ」
「多分それ1本しか持ってなかったと思うけど、和モノは」
「ですね。あとはパツキンで巨乳のばっかでしたね」
わかりやすいな、と静雄は笑う。見つけた当時こそ、それどころではなかったけれども。
今でも実は、それほど愉快な話ではないけれど。
笑って言えるほどの余裕を、少しずつ、持てるようになってきた。

「そろそろ上がろっか」
「はい。立てますか?」
「運んで?」
「床濡れちゃいますけど」
「拭いといて」
「はいはい」

頼りがいのある先輩は、実はすごく甘え上手で、静雄は成長を余儀なくされたともいえるかもしれない。
振り返って上目遣いでされるお願いに、いちいち狼狽える時期は過ぎ去った。
トムはそれが少しばかり不満なようだが、たまにはこちらにも翻弄させてほしいと思う。

「ビールは駄目っすよ。ホットココア用意しますからね」
「甘そう」
「砂糖抜きで」
「甘いなぁ」
違う意味で、とトムが笑う。
世間のイベントなど、静雄はトムと付き合うまで、まったく無関心であったというのに。
「・・・ホイップチョコプレイのが良いっすか」
「ココアがいいです」
若干声を低くして静雄がささやくと、トムはぶるぶると首を横に振って、恋人を楽しませた。

暖房の効いた寝室のベッドには、すでに大きなバスタオルを敷いてあって、トムはそこまで足を床につけることなく、宝物のように運ばれるだろう。
ドライヤを片手に静雄が奮闘する間、トムは湯気の立つマグカップに目を細め、時折髪を掬い上げては、静雄はトムの首筋に口付ける。
そうしてもう、ありふれた、数えきれない甘い夜をまたひとつ、二人で。