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否定の否定を繰り返す

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今だって女の子を可愛いと思う。これからもそれは変わらないだろうけれど、

「皆人さん」
 「みなとおにいちゃん」
  「みなたん」
   「ミナト」
    「皆人クン」

どうしても面白くない、様な気がしなくもない。
 この場合、美女美少女に囲まれている佐橋皆人が羨ましいのではない。そもそも同じセキレイとして如何なる美人でも彼女達とどうこうなりたいとは欠片も思わない。
 ならば何が面白くない様な気がしないでもないのかといえば、セキレイとして、葦牙を同じくする彼女達が彼に、葦牙に、皆人に、抱きついたり手ずから食事をさせようとしたり背に張り付いたり、要するに絡んでいるのが面白くないような気がしないでもない気分にさせるのだ。

 彼と婚いでからの日は浅いが、出逢ってから結構な日数が経つ。出逢うだけなら2番目に早かったのだからおかしな話でもあるが、当初の焰にとって皆人は葦牙の1人でしかなく、しかも男であるために大した興味もなかった。3羽、4羽と羽化させると流石に不思議な男、と評価を改まったが、同時に体の変化が始まってそれどころではなく、結果として焰が彼について知っている事など他の5羽より少ないのだ。
 今更どう足掻こうともその差が埋まる事はなく、焦燥感も消える事はない。距離を詰めようにも自分から彼に寄る性格でもなかった。そういう事はホスト時代に客の女の子から『されて』きた事であり、自分から『する』など考えられない。考えられないのだが、いつもの様に両側から腕に絡みついたり、不意をついて背後から抱きついたりする彼女達を見ると、彼女達を絶対に振り解かない彼を見ていると、羽化前の不安定な心身からくる苛立ちとは異なったそれを覚えてならない。口元の緩んだ彼の頬を思い切り抓ってやりたくなるくらいには。
 ――どうせ僕には胸が足りないよ
 彼の周りにはどういうわけか巨乳のセキレイが多いが、男性だった彼にそこまで胸があっても問題で、そもそも論点がずれている。苛立ちから思考すら覚束なくなっているのを自覚して煙草に手を伸ばす。癖とはなかなか抜けないものらしいが、思わず手が止まる。
 ――佐橋は煙草、吸わないな
年齢的に喫煙したとしても問題はない筈だ、ならば嫌いなのだろうか、確証もないのにそう考えただけで吸う気も失せた。

 気付けば彼の事ばかりだ。婚いだ者へ隷属する為の心身なのだからそれも当然なのかも知れないが、婚いだ彼がそれを否定したのだから少しは自由になっても良い筈なのに、結局は彼を想う。誰かが彼に抱きつけば面白くない様な気がしなくもないし、声をかけられれば意識の全てが彼へと向かう。彼が心を痛めれば途方もなく哀しくなるし、笑えば心が和む。
 ――重症を通り越して重篤だな
 しかし悪い気はしない、婚いだのが彼で良かったと思う。未だ慣れない感情に振り回されているが、それもその内に消化されるだろう。息を吐いたところで廊下を行けば、部屋の前で丸まっている葦牙が1人。
「……何やってるの、佐橋」
「また部屋を乗っ取られまして……」
 彼の部屋を覗けば、確かにいつもの面子が彼の部屋を占領していた。もう慣れました、と上着を被っただけで眠ろうとしている彼に同情心が沸く。
「僕の部屋、来る?」
それは同情からの台詞であり他意など全く、欠片も考えていなかったのに、
「焰!! 汝、またもぬけがけか!」
眠っていた筈の、そうなる原因を作っている1人に言いがかりを付けられた。
「佐橋の寝る場所がないんだから仕方ないだろ」
「吾はミナトの妻ぞ。同衾するのは当然じゃ」
面白くない気がして、焰の眉間が寄る。
「出雲荘は不純異性交遊禁止だよ」
「それは汝とて同じじゃ、ミナトは吾と寝るのじゃ」
「生憎と異性じゃないから美哉も怒らないだろうし」
言葉に詰まる彼女へ追い討ちをかける。
「僕は家賃払ってる」
月海は反論する言葉を探している様だったが、彼女は頭脳派ではない。少々時間が要るだろう。
「ほら行くよ」
その間に彼の手を掴んで焰は部屋へ戻ろうとしたのだが、

「篝さん、出雲荘はゆゆしき事態も禁止です」

 結局、全員が各々の部屋で眠る事となった。
 当然と言えば当然だが。
作品名:否定の否定を繰り返す 作家名:NiLi