BLEACH NL中心詰め合わせ。
小さい星の行方 / 2004年20号後想像・2004.4.16
牢を抜けた桃は、館内守る為残された隊士の目を逃れ、十番隊の詰め所を目指した。懐の、藍染からの手紙の内容を伝える相手として、信頼できるのは最早幼なじみの日番谷しかいないように思われたからだ。
建物の影を縫うように走る。時折、建物の間に空が見え、たまにあの惨劇のあった白壁が姿を見せたりもしたが、それを目の端に映してももう泣くことはなかった。涙の一粒分、止める足の速さの分、一歩でも先に進まなければならないのだから。
「どこへ行く気?雛森くん」
突然、駆ける体に纏わり付くように声が言った。
「その懐のもの、どこへ持って行く気?」
「吉良くん…邪魔しないで。これは使命なの」
「僕もだよ」
纏わり付くイヅルの声が刃に変わり、鋭い殺気が桃の頭上へ落ちた。
強い衝撃に道が陥没した。立ち上る土煙を目で探りながら、イヅルはまだ平常の斬魄刀を払い、一歩進み出た。
「雛森くん」
僅かの間でイヅルの斬撃を避けた桃が、こちらを向いていた。あの激情に駆られた時のそれとは違い、確たる信念を宿した穏やかな瞳で。
イヅルは気圧された。しかし、自分の任は果たさなければならない。その為に自分は牢から解かれたのだから。
「雛森くん。藍染隊長から預かった物を渡してくれ」
イヅルはもう一歩、踏み出した。
「なぜ、それ知っているの?」
「よこすんだ」
桃の問いに、イヅルは答えなかった。代わりに、斬魄刀がその形状を変えた。
「死にたくないだろう?それさえ渡してくれれば、命は保証すると市丸隊長も約束してくれた」
桃は首を横に振った。
「言うこと聞いてくれ!死にたいのか!?」
それでも、桃は首を横に振った。
「雛森くん!!」
「渡せない」
「雛森くん!お願いだよ」
イヅルの声は、悲鳴に近かった。侘助を振りかぶる。
「僕は君を殺したくないんだよ!!」
「優しい吉良くんの影に隠れて、嫌なことや汚いことは全部吉良くんにさせて、自分だけきれいでいようとする人の言うことなんて聞けないよ」
「違う!隊長は違う!全部…」
「吉良くんの望んだことじゃないよ」
違う、違う、違う。イヅルは、桃に向けて侘助を振り下ろした。その切っ先を見つめたまま、桃は微動だにしなかった。イヅルの、鐘の割れるような悲鳴があった。桃は、動かなかった。悲鳴は小さく残り、侘助は地に突き刺さった。イヅルは、崩れるように膝を着いた。
「……吉良くん…私、行くね」
桃は、慟哭したまま動こうといないイヅルに言って、一歩下がった。
…と。
「ああ、あかん」
三月の温い風のような声がした。
「常に平常心て、言うてるのになぁ。なんべん言うても分からん、悪い子ォや」
その最後が聞こえたか聞こえないかのうちに、桃は自分の足がどこにあるのか、分からなくなった。体の真ん中に痛みがあったかと思うと、それよりもずっとひどい衝撃が全身を包んでいた。頭が割れるように痛い。いや、本当に割れているかもしれない。背面からの重い感覚で、首から下がぶつ切りになっていくような気がする。呼吸をしようと僅かに開けた口から、血が吹き出した。
桃の体は貫かれ、遥か向こうの壁に叩き付けられたのだ。
「人聞きの悪いこと、言うてくれてありがとうなぁ?ほら、ちゃあんと僕が手ェ下したんよ、これでええんやろ?お嬢ちゃん?」
イヅルの背後に姿を見せたのは、市丸だった。
「…どうして、吉良くんまで…」
「悪い子にお仕置きしただけや。…渡そうがそうしまいが、殺せ言うたのに」
市丸の神鎗はイヅルを貫いて、桃を襲ったのだ。イヅルは膝を着いたまま痙攣し、その度に傷と口からじゃぶじゃぶと血を吐いた。
「ちょっと距離が遠かったなぁ。同じにしてあげよ思たのに」
遠退く意識の中、市丸の笑顔が反転した。
「さて、メンドやなぁ」
「物のついでじゃねぇのか?…言ったよな?」
市丸は刀の鐺で襟首を掻いた。桃の手紙を奪おうと近づいた時、前に立ち塞がった小さい男の姿。
「雛森に血ィ流させたら」
「僕を殺せるか、試してみるか?」
対峙する二人の男は、にぃっと口の端を吊り上げた。
END.
作品名:BLEACH NL中心詰め合わせ。 作家名:gen