いつか愛になる日まで
「それから火影様。この人は2週間休ませるって言ったのになんっで任務命令が出てるんですかっ」
イルカの怒鳴り声でハッと正気を取り戻した外野は「いやぁん」「すげえっ」「負けたっ」などと受付は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。あいつらマジで付き合ってんのかよ!? という叫び声まで聞こえるが、イルカは火影を睨んだままだ。
「ほ〜か〜げ〜さ〜ま〜!!」
「いや、あの、落ち着け、イルカ。Cランクだ、Cランク。便所でクソするより簡単だ」
受付にいる9割方がずっこけた言い訳だが、イルカは冷たーい目で睨んでやった。さすがのアンコも「火影様、下品ー」とつぶやく。
「カカシッ、報告書は私に直接持って来いって言っただろっ」
「だから、直接持って来たんじゃないですか」
「この人に八つ当たりするのはやめてください」
「火影様、かっこわるいー」
「アンコッ」
イルカの隣に座っていた同僚だちは呆気にとられて、火影とその補佐、銀髪上忍と一中忍の言い合いを眺めていた。
「まさか本当に付き合っているとはねぇ」
「俺は2万も賭けてたんだぞ。パーだ、パー。カカシのやつ、ろくでなしでいればいいものを!」
「うわはははは。儲けた儲けた。ガイ特製忍服でも作ろうと思うが欲しいか?」
上忍3人も目の前で繰り広げられる火影たちの言い合いを眺めつつ、思い思いの言葉を口にする。
「いらないわよ、そんなの。飲みに行くに決まってんでしょ」
「そーだ、そーだ。ただ酒だ、飲むぞ」
「それとも道具のほうがいいだろうか?」
「だから、飲みに行くって言ってるでしょうが」
紅がガイの頭をスパーンと叩く。がやがやと騒ぎながら上忍たちが戸口に向かうのに気付いた忍たちも、報告書を提出するためになんとなく並び始める。誰かに言いたくてたまらない。「マジ」に賭けた貴重な一割を探し出し、話を肴に飲んで騒ぎたい。
のろのろとだが進み始めた受付業務を後目に台風の目たちの会話は終わらない。
「あなたもなに任務なんて受けてんですか」
「そうだぞ、お前が受けなけりゃ私が怒られることもなかったんだ」
「火影様は黙っててください」
「火影様、みっともないー」
「えっとすみません、リハビリっていうか、いてもたってもいられないっていうかですねぇ、あのー」
「リハビリ?」
「ええ、まぁ。火影様一人が悪いわけではないんですよ」
だろ? と火影が言ってイルカに睨まれる。
「正月からずっと浮かれてまして。このまま任務に戻ってもなんか失敗しそうな気がしたのでちょうどいいと思って引き受けました」
「なんで浮かれてるんですか?」
カカシは顎を触りながら目を逸らして答えた。
「そりゃまぁ、毎日あなたと一緒にいると可愛いところばかり見せられて困るといいま、ふがっ」
イルカは思わずカカシの口を両手で押さえた。まさか、まさかこの人がこんなことを言うなんて思ってもいなかったために驚きすぎて反応が遅れた。
そろりと視線を横に向けると驚きに固まった同僚のびっくり目がある。ざわめいていた受付も一瞬で静寂だ。火影はニヤニヤ笑っている。
自分でも似合わないことをたくさんしたことは自覚している。それが可愛いと表現されるのはおかしいとは思うが。こたつで手をつないだり、ご飯を食べているのにキスしてみたり、みかんを食べさせたり、髪を乾かしてあげたり、好きですと口にしてみたり。本当にべたべたとくっついていた。
「火影様」
イルカはカカシの口を押さえたまま赤い顔で言った。
「今日はやっぱり帰ります。明日は受付業務に出ますから。あとこの人は3日休ませますからねっ。妙な任務命令を出さないでくださいよ」
火影は肩をすくめて了解の意を表した。イルカはそっとカカシの口から手を離すと嬉しそうな上忍様に言った。
「なんですか」
「一緒に帰ってもいいですか」
「一緒の家に帰るのに別々に帰ってどうすんですか」
照れも手伝って無愛想になるイルカにカカシは大げさなくらいに喜びを表現する。
「やったー。今日の夕飯は鍋にしましょうよ」
「あなた、好きですね、鍋」
机を整頓するイルカに火影が何も言えないなら誰も言えない。静まり返った部屋にできたてカップルの甘い会話が垂れ流されるのを聞くだけだ。一緒の家に帰るんですか、そうですか。
「好きな人と食べる鍋は最高です」
「そういえばキムチ鍋が食べたいって言ってましたね」
「はい」
戸口に向かって歩き出す二人を皆が見送る。なんだか普通に付き合ってる感を出していることに少々驚きながら。それにしても上忍様が尻にしかれているようなのは木の葉の忍たちにとって目を背けたい現実だ。
「野菜を買って帰りましょうか」
「にんにくも入れるんですか」
「うーん、あなたは明日休みだから入れてもいいんですけど俺は出勤だからなぁ」
「俺は別にあなたが臭くてもかまいませんけどね」
イルカは照れて思わずカカシの背中をパシンと叩いた。
受付にいる人々はポカンと口を開けているしかなかった。まさかここまで二人が雰囲気を出すとは思っていなかったし、いささか羨ましい。
「火影様、お先に失礼します」
イルカの声に火影はひらひらと手を振った。
二人が去って、しばらくすると誰かが言った。
「あー、俺も恋愛したい!」
「俺も!」「私も」「あーん、カカシ様〜」
またまた受付は大騒ぎだ。最近はあの二人が関わることは何に関しても大騒ぎになるのだった。
「俺、5千円負けた」
「俺、1万」
「お前、1万も賭けてたの?」
「絶対、付き合ってないと思ってたもん」
「だよなぁ。はぁ」
「どうやって次の給料日まで過ごそうかなぁ」
そこにガラッと大きな音を立てて戸が開けられる。皆の注目をものともせず銀髪の上忍様は言った。
「わかってると思うけど、あの人に手を出したら殺しちゃうからね」
にっこり笑って断言する。もう『かもね』ではない。
「カカシさーん」
イルカの呼び声がする。それにカカシは「はーい」と明るく答えると沈黙している忍たちに言った。
「そこんとこ、ヨロシク」
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける