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炬燵とアイス

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「うん、美味いな!」
したり顔で頷きデカい図体で人の家の炬燵を占領している男の背を、膝で軽くど突く。うおっと驚いている割には呑気な声が上がるのに鼻を鳴らして、俺は手にしている二つのマグカップを炬燵の台に置いた。
連絡もなしにやってきて真顔で来ちゃったなんて言いやがる、自分より縦も横も幅のある男を手放しで歓迎してやるほど、俺は寛容ではない。これが可愛い彼女ならどんなに嬉しいかと思いつつ、バスケット三昧な日々を送っている自分がそんな想像をしても虚しいだけだった。
しかめっ面でマグカップを迷惑な男、木吉に押し付ける。
「ほらよ。」
「サンキュ!」
図々しくものびのびと炬燵に突っ込んでいる木吉の足を踏み、どかせてから自分も座椅子にもたれ座り込んだ。
「んで?」
「ん?」
「何しに来たんだよ、お前。」
「何って。見ればわかるだろう。」
「はあ?」
不思議そうな木吉の顔に軽く苛立つが、日常茶飯事のことなので受け流した。コイツの言動にいちいち突っかかっていては、俺が何時か過労で倒れることになる。長くもない付き合いの内に、そんなしたくもない学習をさせられていた。
「アイスを食べに来たんだ!」
自信満々な表情が木吉は似合う。だが似合うからといってムカつかないわけではない。いや、むしろ似合うからこそムカつく。追い出しちまうかと不穏なことを考えながら、木吉の手元を見る。
勝手に押し入ってきて居座りだした時から、俺がコーヒーを入れている間も木吉は黙々と幸せそうに、コンビニの袋から取り出したアイスを食べていた。バイトも出来ないバスケット少年にはありがたい百円そこそこで買えるカップアイスは、時期が時期なら俺もお世話になる一品だ。値段の割には味もなかなかイケていて、種類も豊富。これで夏だったなら、勝手に押し掛けてきて自分だけアイス食って俺の分がないってどういうことだと怒鳴りつけるところだったが、今は冬だ。せいぜい、このクソ寒いのにわざわざ人の家に来てアイス食うとか嫌がらせかこの野郎と、いちゃもんをつけるぐらいだ。
「寒い時に暖かくしながら食べるアイスは、格別だと思うんだ。」
「…あっそ。つか、それなら自分の家で食えよ。」
「それがな、炬燵のコンセントの根元を鼠にかじられたんだ。それがもともと長いこと使ってたやつだったから、新しく買い換えようって話になって、どういうのを買うか検討中なんだよ。」
「つっても、今年中には買うんだろ?なら、もうちょい待てばいいだけじゃねえか。」
「嫌だ。俺は今日アイスが食べたかったんだ!」
「いや、知らねえよ!」
そんな風に話つつも木吉の手は動いていて、カップの中はもうほとんど消化されていた。呆れを隠さずにその姿を見ていると、不意に木吉がスプーンを差し出してくる。
「…んだよ?」
「日向も食べてみればわかるさ。絶対ハマるから。」
スプーンと木吉を交互に見る。何がそんなに嬉しいのか、木吉は笑みを絶やさない。一度溜め息を吐くと、渋々といった体で俺はスプーンを受け取った。カップの中でわずかに溶けているアイスのまだ比較的固い部分を掬い、口に含む。ひんやりとした感触が、室内の空気によって乾燥した喉を潤していった。炬燵の温度で火照った顔にも丁度よく、少しぼやけた頭がはっきりする。
なるほど、確かにこれはこれで美味しい食べ方なのかもしれない。と俺が納得していると、向かいからがふっと咽せる声がした。その理由にすぐに察しがついた俺は、残っていたアイスを綺麗に平らげると、ニヤリと笑う。
「おい、吹き出してねえだろうな?汚しやがったら殴るぞ。」
「ひっ、日向…!これブラックじゃないか!」
案の定、視線を向ければマグカップを手にして固まっている木吉の姿がそこにはあった。
「あー、そうだっけ?砂糖入れ忘れたっけなー。」
「うー、苦い…。口直しするから、アイス返してくれ!」
「悪い、もう全部食った。」
「えっ…?!」
情けなくも顔を歪める木吉に空になったカップを見せ、にこやかに笑いかける。
「美味かったぜ、サンキュ!」
「…どういたしまして。」
「今度から俺の分もあったら、コーヒーに砂糖が入っている確率が上がるかもな。」
「絶対じゃないんだ…。」
「人の家に連絡なしでいきなり来る奴の好みなんざ知らねえよ、ダアホ!」
うなだれる木吉に気分を良くしながらも、どうせまた性懲りもなく押し掛けて来る未来が容易く想像出来、更なる懲らしめ方を検討する俺なのであった。




作品名:炬燵とアイス 作家名:六花