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眠らせろっつうんだよ!

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深く沈んだ意識に、何かが触れる。一定のはやさで睡眠の波を掻き乱され、不快感だけがわずかに浮上した。休息を欲しがる脳はそれを拒み気付かない振りをするが、眠りの淵に意識を閉じ込めておく為の扉が何度も何度もノックされるので、居留守と決め込むことも出来やしない。
日向はうっすらと瞼を押し上げ、ぼんやりとした視界の中で眼球を動かす。裸眼ではほとんど何も見えないが、朝か夜か、外の明るさくらいはわかる。身体を動かさずに見渡す限りは、暗い。まだ夜明けにも足りない時間ということは、文字通り深夜だろう。
思う存分扱かれ自主練習にまで精を出した故の疲労から力の抜けた身体は、だらりとベッドに横たわる。このまま指一本動かさずに再びの眠りを日向は望むが、暗い室内に場違いに響く音がそうさせない。睡眠を妨げた原因は、目覚めた時点ですぐにわかった。
枕元で携帯が着信を告げる音とともに光っている。誰とも知らない相手を内心口汚く罵ると、億劫そうに布団から腕を引き出した。冷え込む季節であるから、指先がひんやりとする。ますます苛立ちが募り、通話ボタンを押して荒々しくもしもしと吐き捨てた。相手が知り合いでもたんなる悪戯電話でもかまわないから、一言文句を言ってやらなければ気が済まなかった。
日向の頭の中に、いくつかの罵倒の例文が浮かぶ。起き抜けで寝ぼけていたぶん、遠慮がなく過激なものばかりだった。
どれを言って泣かしてやろうかと意気込んでいると、電話口から相手の声が届く。それは気の抜けるような、聞き慣れた声音をしていた。
『悪い、日向。寝てたか?』
「…今すぐ、こんな夜中に疲れた俺を起こしやがった理由を三十文字以内で喋り、速やかに電話を切れ。報復は明日きっちりしてやるから、寝ろ。」
電話相手が木吉だとわかった瞬間、思考を切り替える。はやく寝たいなら、些か高圧的でも主導権を握るしかない。木吉のペースに引きずられたら最後、明日の練習を睡眠不足で行うという過酷な未来が待っている。それを回避する為なら、一時ぐらいは怒りを静めることだってしてみせる。
だが、相手はあの木吉だ。へろへろとした間延びした声で何やら言っているのを聞くと、油断したら堪忍袋の緒がぶち切れそうになる。忍耐と心の中で唱えつつ、眠くてへばった声出すなら電話してくんな!とあらぶりたくもなるものだ。
「…もういい、三十字以内でなくていいから、とにかく、用件だけさっさと言え。」
『ん、わかった。』
少しだけ間を空けて、木吉は声音を改めた。
『日向が出てきたんだ。』
「は…?」
『夢の中に。』
「……。」
『そしたら眼が覚めてさ。会いに行かないとって思ったんだけど、流石に時間が時間だから電話にした。』
それは何だ、一応常識は知ってますよアピールか。言っとくが常識ある奴はそもそも、深夜に確実に寝てるとわかる相手に電話だってしねえんだよ!と、脳裏を言葉がよぎったが日向が口に出来たのは一言だけだった。
「…キモい。」
『え、』
日向の反応は正常である。同級生の男に、自分も同じことを言われた場合を木吉は想像するべきだ。ドン引きってレベルではない。それなのに、なんなのだろうか。木吉の驚きは。そう言われた日向が、喜ぶとでも思ったのか。お前の中で俺ってどういうキャラになってんだと遠い眼になりながら、少しずつ睡魔が遠退いていくのを感じてうんざりした。
『いや、だって、夢の中に出てくるのは自分を想ってくれている人だとか古文で前に習ったからさ。』
「…ほう。で?」
『日向の気持ちに応えないといけないと思って。』
「思って、安眠妨害をやらかしたと?」
是という返事に、携帯を握る手に力がこもる。
「お前の気持ちはすごくわかった。つまり、明日カントク直々に付きっきりで扱いて欲しいってことだな?夜中に眼が覚めることもないくらい、むしろ永眠しそうなくらいハードなの希望ってカントクにちゃんと伝えとくわ。」
『ひ、ひゅうが…?!』
「んなの、迷信に決まってんだろうが!いいからとっとと寝ろ!もう切るからな!性懲りもなくかけてきやがったら、ぶん殴るぞ!」
それだけ言うと、勝手に通話を終わらせる。最初からこうしていれば良かったのかもしれないが、その場合は再度携帯がけたたましく騒いだだろう。
どっと身体が重くなる。練習だけならば感じない精神的な疲労が、身体的な作用まで引き起こしたのだ。
ああもう、もう一回かけてこなくても絶対殴る。と、携帯を元の位置に戻して眼を瞑ってから喉奥で唸る。
だいたい、あんな少女趣味な迷信を信じるなど、馬鹿馬鹿しい。夢は潜在意識のあらわれだと聞く。そうなると百歩譲って想っているが正解で、想われているなんて都合の良い妄想だろう。
もし、想われているが正しくても、それならばなおのことおかしいではないか。
(お前が毎日俺の夢を見ないことが、迷信っていうなによりの証拠だろ。)




作品名:眠らせろっつうんだよ! 作家名:六花