やるせない
ボロボロと零れ落ちる涙を拭いもせずに、三木は男鹿の胸ぐらを掴んだ。嗚咽を堪えながら見上げた男鹿の眼には、高校生にもなって泣きじゃくる惨めったらしい自分が映っていた。学ランの襟を握る手はまるで縋っているようで、こちらからは離せないそれを男鹿のほうから振り払って欲しかった。
男鹿は何を考えているのかわからない顔で、じっと三木を見る。馬鹿にすることも、鬱陶しがることも、ない。いっそ、本当のところは自分の姿なんて見えてやしないんじゃないかとさえ、思う。
泣いたことでぼうっとする頭が、昔のことを思い出す。信じたくて信じて、でも結局信じきれなかった過去の自分。弱くて憧れに眼が眩んでいた過去の自分。未熟で思い込みばかり激しかったけれど、それでも傷付いた心は本物だった。
男鹿は三木を忘れてなんていなかったと、今は信じられる。だからこそ、どうしても言いたいことがあった。
「…男鹿にとってあれはもう男鹿の喧嘩で、原因だったはずの僕すら部外者でしかなかったんだろうね。」
そうであるから、邪魔だという言葉は男鹿の中では正しかった。男鹿はそれを自分の感情に任せた行動だと思っているだろうし、そこに優しさや思いやりを見出すのは、三木の勝手な希望かもしれない。けれど、男鹿が本能のままに選ぶ瞬発的な行動は、何時も結果的には誰かの為になるのだと、三木は思っている。
つまり、自分は守られたのだ。守らせてしまったのだ。男鹿に。
それが悲しい。悔しくって、でもそれ以上に切ない。
「多分僕は、男鹿がそう思うなら、それはそれでかまわなかったんだと思う。男鹿の事情で、僕は関係ないことにされても良かった。」
男鹿は相変わらず、三木に好きなようにさせている。そういえば、たびたび喧嘩をふっかけた時でさえ、男鹿は自分からは手を出さずにいた。退学を恐れるような性質はしていない男鹿なのだから、それはもう優しさと呼んでもいいだろうに、男鹿自身がそうと認めてくれない。
「部外者でもいい。関係なくてもいい。…でも、男鹿の事情に巻き込んで欲しかった。男鹿の勝手な都合で傍若無人に巻き込んで欲しかった。そうやって巻き込みたいって思われるような、そんな奴に、僕はなりたかったよ。」
例えば、もっと男鹿が弱かったら、ただただ悪魔のような男であったら、僕の望みは簡単に叶っただろう。けれど、そんな男鹿では僕が憧れることはなかった。
「強くなればそれが叶うかと思ったけど…。…違ったね。」
男鹿が男鹿である限り、叶わない夢だ。三木がどれだけ強くなっても、男鹿はきっと許さない。けれど、そんな男鹿であるからこそ自分は好きなのだ。それのなんと不毛なことだろうか。