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バレンタイン英米編

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 寒さの厳しい冬季にも、アーサーは自慢のイングリッシュガーデンの世話に余念が無かった。
 暫くすればスノ-ドロップをはじめ、スノ-フレ-ク、クリスマスロ-ズ、クロッカスと小さな球根の花々が顔を出し始める頃だ。大きな背丈のチュ-リップや水仙が咲き始めてしまうと目立たなくなるが、春の到来を真っ先に知らせてくれる可愛らしい奴らだった。寒さに負けずに頑張れよと小さく声を掛ける。
 暫く身を切るような寒さも忘れて庭弄りをしていると、不意に背後に見知った気配を感じた。
「この寒い中、よくやるね。君も」
 もこもこのダッフルコートにマフラーを口元までぐるぐるまきにしていながら、頬に真っ赤な霜焼けを作っているアルフレッド。お疲れ様、凍死だけはしないでくれよと皮肉を言いつつも、持っていたスターバックスの紙袋からステンレスのタンブラーを取り出して差し出してくる。
「俺にか?」
「他に誰がいるんだい」
 残念だけど俺には君の友達は見えないよと呆れたように肩を竦めているアルフレッドの手からタンブラーを受け取りつつ、こいつがこんなに優しいなんて何かあるのかと怪訝に思うアーサー。
「さぶっ。こんな所に何時間もいられるなんてどうかしてるよ。勝手に上がらせてもらうぞ」
 アルフレッドは早々と庭を出て温かな部屋の中に入っていってしまった。
 その背中を呆然と見送りながら、アーサーはタンブラーの蓋を開けて熱い液体をゆっくりと口に含んだ。
 黒っぽい液体だったので中身はコーヒーかと思いきや、甘いホットチョコレートだった。ステンレス製のタンブラーに入っているのでまだ火傷しそうなくらいに熱い。
(あいつ……)
 アルフレッドはきっともっと早く着いていたのだろうけれど、庭でせっせと土いじりをしている自分を見付けて、温かい飲み物を買いに走ってくれたのだろうと思った。店から家に帰ってくるまでにぬるくならないよう、わざわざ保温性に優れたタンブラーに入れて。早く温めてあげたいと小走りで家の外まで来たのだろうアルフレッドの姿を思い描き、アーサーはクスリと口元を綻ばせた。だからあんなに頬が霜焼けになっていたのだ。
 思いがけないアルフレッドからも贈り物にじんわりと胸が熱くなる。冷え切っている身体にホットチョコレートの熱さと甘さが心地よい。
(案外、あわてんぼうだよな。あいつ)
 今日はバレンタインデーだ。
 アルフレッドは気付いているのかいないのか、シンプルなグリーンのタンブラーには小さなハートマークと、LOVE&KISSESと言う文字が入っていた。
 それとも、このメッセージも故意なのだろうか。
 真相は部屋に帰った後にゆっくりと問い質せば良い。
 さしずめ、今の自分がやらなければいけないのは、アルフレッドが買ってきてくれたホットチョコレートをゆっくり味わって飲み干したら、温室に行って満開に花開いている薔薇をあるだけ摘んで花束にする作業だ。両手に抱えるほどの薔薇を携えてリビングに登場したらきっとアルフレッドは呆れて嫌な顔をするだろうけれど、他にお返しの方法が思いつかないのだから仕方が無い。
 大輪の薔薇を無理やり押し付けたら、耳元でこう囁いてやろう。
 ――Happy Valentine’s Day. I love you. and I want to kiss you.


作品名:バレンタイン英米編 作家名:鈴木イチ