【No.6】好きの理由
たとえば沙布。
彼女はかわいい。
幼なじみで、二歳で最高ランクと評された、僕と立場を同じくする存在。
優しくて頭がいい。
気が強くて、曲がったことが嫌いな性格。
研究発表をちゃかした連中を、ぐうの根も出ないまでに言い負かした姿は、横で見ていてもすっきりした。
おばあさんを大切にしていて、手編みのセーターを大切に着ていた。それはとてもよく似合っていた。
優しくて、素直。
思いやりがあって、僕がクロノスから出ることになっても、以前と全く変わりなく付き合ってくれた。
理由を聞きたかったろうに、僕や母さんの気持ちを思いやって黙っていてくれた。
他人にも自分の心にも素直。
欲しいものが何か聞いたときに「精子」と言われたのはさすがに驚いたけど、あれが彼女の偽らざる本心なのだ。
そんな、真っ直ぐなところが好き。
そう、彼女が好きだ。
いろんな理由があって、彼女のことは好いている。
けど、本当に好きになるのに、理由なんていらなかったんだ。
理由を並べて「好き」というのは、ある意味言い訳しているのと同じ。
これこれ、こうだから誰それが好き。
それが普通なのだろう。普通なのだと思っていた。
彼に会うまでは。
理由なんていらなかったんだ。
言い訳を考える間もない。必要もない。
相手の姿の美醜も、性格の善し悪しも、過去の記憶すら関係ない。
相手のことを何一つ知らなくても「好き」という気持ちはいきなり生まれる。無から有が発生する。
考えたって答えは出ない。
魂が食われるように、惹かれた。
理由も、自分への言い訳も出ないまま、丸ごとバックリいかれてしまった。
僕という全存在が、根こそぎ奪われた。
心を、考える頭を、心臓を、手足の爪の先まで飲み込まれた。
それほどに強い、情動。魂の共鳴。
後には、どうしてこんなことに…と呆然とする自分がいるだけ。
「ほんと…どうしてこんな奴が好きになったんだか」
ぼんやりと横にある顔を眺めながら、溜息を吐いた。
何度考えても、考えれば考えるほど理由が思いいたらない。
それでも好きなんだからしょうがない。
気性に似合わず端正な顔は、無防備に寝ていても端正だ。
真っ直ぐに向けられたらいつも感嘆する灰色の目が閉じていると、二歳は幼く見える。
細い眉の形や鼻筋、長いまつげ。時々ムニャと何か言ってる唇を見ているだけで心が温かくなる。
ほっこり暖かい気分を味わっていると、細い片腕が寝返りの勢いで頭上から飛んできた。それを片手で受け止め、邪魔にならないよう、彼の眠りを妨げないよう、そっとシーツの上に置く。もう慣れたものだ。
ついでに形のいい手の指先に唇を軽く当てた。
そんな些細なことでも、幸せになれる時間に浸りたくて、指先をゆるく絡めて目を閉じた。
10分後に、片足でベッドから蹴り出され、床に落ちるまでは幸せに浸れた。
「ほんと…何でこんなのが好きになったんだか」
理由は、やっぱりなかった。
作品名:【No.6】好きの理由 作家名:しい