フライトジャケット
「おーい!どこにいるんだい?」
広い屋敷の中で何度も呼びかける。先ほどから呼びかけているが、返事は一向に返ってくる様子はない。アルフレッドの声がただ響くだけである。
「全く…いったいどこにいったんだよ…」
アルフレッドはそれなりに分厚い書類を片手にぼやいた。この書類は、探している相手の上司から受け取ったものである。国であるアメリカに渡すようなものであるからにして、さほど重要なものではないのだろう。
それよりも、早く探し出そうと、かたっぱしからドアをノックする。
廊下を進んでつきあたりの部屋のドアを開けてみると、探していた彼はそこにいた。
「あー、いたいた!もう、こんなところにいたのか!探したんだぞ!」
そう言いながら室内に入る。
そこは紅茶と薔薇の香りがほのかに漂っていて居心地が良く、調度品はすべて美しいものばかり置いてある、彼の仕事部屋だった。
アルフレッドは彼の元に歩み寄りながら話し始めた。
「君のところの上司が俺にこれを託したんだけど、どうすればいいんだい?」
ここまで言ってから彼の様子がおかしいことに気づく。
顔を近づけてみると、静かな寝音がすー、すー、と規則正しく聞こえる。
机の上に顔を伏せて寝ている彼を見て、アルフレッドは深く長いため息をついた。机の上には、彼の飲みかけの紅茶や、先ほどの世界会議の資料が無造作に置かれている。その資料の一部に、彼の万年筆が作ったインクのしみができていた。
普段、服装もしっかりしている彼を見ていると、大事な資料に万年筆を野放しにするはずがない。しっかりとキャップを閉めるはずだ。それに、寝るなら支度をして、ベッドの上で寝るに違いない。
少しの隙間から見える寝顔には、うっすらと隈が出来ている。
また、彼の悪い癖が出た。働きすぎだ。
彼はアルフレッドが小さい頃から働きすぎだった。昔から「働きすぎは、良くないんだぞ!」と言っても、彼は「なに?俺のこと心配してくれているのか?…ありがとうな、アル。でも俺は大丈夫だ。」と言っていつも離れていく。
彼の背中を見るのが嫌で、何度も呼びかけたけど、「大丈夫だ。」と笑うばかりで、止まってはくれなかった。
「…全く、君は変わってないね。働きすぎなんだぞ。少しは俺の気持ちも汲んでくれよ。」
そういって、アルフレッドは愛用のフライトジャケットを、彼の肩にかけてやった。