「恋愛距離感」【おためし版その1「無自覚な距離」(ホタガミ)
そんな顔をするのか。
遠くから見たその表情は、いつも受ける印象とは違っていた。いつも気難しげな表情ばかり見ているせいか自然に笑みを浮かべた横顔が新鮮に映る。
思わずしばらくの間、足を止めて一人ぽつんと座る人物を見つめていた。すると、こちらの視線に気付いていつもの気難しげな表情に戻ってしまう。それでもただ見つめ続けると露骨に嫌そうな顔をしていた。
石神は、相手の顔色など全く気にせず、ただ視線の先の堺を見つめていた。
風に弄られて揺れる明るい色の髪の毛が陽の光を受けていっそう明るく見せている。
こんな風だったかな、と目を向けているとその後方に晴れ渡った青空が視界に広がっている。空の青さも白い雲も夏の頃とは様子が違う。
空が高くなった。通り抜ける風が涼しくなった。
ああ、秋なんだなぁ、と石神は青空を見てそう思った。
石神がのんびりした足取りで近づくと、堺はじっと自分を見つめている。その顔は少し緊張して探りを入れているように見えた。まるで警戒心を露わにしている猫のようだ。
「何をじろじろと見ているんだ」
堺は、不機嫌そうに眉をしかめ吐き捨てるように呟く。怖い顔で睨まれても石神はそれに臆するような性格ではない。
「見ていちゃ悪いですか」
石神はそう言って隣に座ると紙コップを突き出した。「はい。どうぞ」
「そのニヤニヤしている顔つきが気に入らない」
「酷い言い方だなぁ。生まれつきです」
「生まれつきでそんな顔をしている奴がいるかよ」
憮然とした顔の堺は差し出し出された紙コップを受け取ると中身を見るなりさらに眉間のしわを深くさせた。
「お前、コーラにしたのかよ」
「炭酸は疲労回復に良いんですよ」
石神は飄々と受け流すと何か企むような顔つきで堺の顔を懲りずに見つめる。
「なんだよ」
堺はむっとした顔のまま、相手を睨むが効果は薄い。いや、無いに等しい。
「お前、こっちを見るなよ」
「さっき、携帯をいじってましたよね」
「それがなんだって言うんだよ」
「彼女からメールかなって思って」
何か含みのある言い方で石神は指摘すると堺は口元をゆがめる。
「残念。違います」
「じゃあ。彼氏だ」
「彼氏はいません。作る予定もありません」
石神の茶化した言葉を堺は肩をすくめて受け流した。
「お前の頭の中はそんなことばっかりなのか」
堺はおおげさにため息を吐くと紙コップを口にする。
「それじゃあ。世良だ」
石神がぽつりと呟くと、堺は飲みかけの姿勢のまま大きくむせ込んだ。
その反応を見て石神は笑いながら堺の背中を叩く。
「違うよ。バカ。なんで、世良なんだよ」
石神は狼狽する堺の様子がおかしくて笑い続けながら背中をさすると、堺は嫌がるように体をよじる。
「やめろよ、石神」
尖った声を聞いて石神は手を引っ込めた。
「違うって。勘違いするなよ」
顔を赤くした堺を見てうまく行った、と石神は内心ほくそ笑んでしまう。
「いいって、堺さん。嘘つかなくても」
「うるっさい。俺が誰と連絡取ろうと勝手だろう」
むきになった堺はツンと横を向いてしまう。これ以上は何を言っても無駄だろう。石神は引き際を感じ取り黙った。
「お前さ。自分が誘ったんだからちゃんと試合見ろよな」
堺の言葉に石神は無言でうなずくと素直に視線をピッチに向けた。
そうだった。自分たちの母校を見ませんか、とあるような無いような理由をつけて渋る堺を無理やり連れ出したのは自分であった。
折角、自ら誘ったサッカーの試合だ。楽しまなければつまらない。目の前にある緑の芝生へ視線を送った。
しかし、苦労して誘い出した割にさりげない問いかけで世良との関係を認めてしまう堺の反応は予想外だった。
堺さんって思っていたよりも素直なのだな、と呆気ない気持ちになった。
(To be continued…)
作品名:「恋愛距離感」【おためし版その1「無自覚な距離」(ホタガミ) 作家名:すずき さや