二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

校舎裏、きっと桜咲く。

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
通り過ぎようとした新八の腕を掴んで引き止めた。でも、こんなやり方じゃ本当には引き止められない。見送ることも俺にとっちゃ仕事のひとつなのだ。こいつだって卒業生なのだし。
 新八は俺を見るとすぐさま目を伏せた。きまずい空気が流れた。やっぱりこいつ、逃げるつもりだったのかな。それなら、と俺は手を離す。新八がそういうつもりなら、止めないさ、俺は。
「卒業式終わったのに、お前、第二ボタン無事じゃん」
「……嫌味ですか?」
「嫌味って」
「先生は僕がモテないことを笑ってるんですか?」
「笑ってねーし」
 言いながらついつい笑ってしまったので腹の辺りを小突かれた。会話だけがまるでいつも通りだなんてむしろ切ないね。いやいやむしろ笑えるか? 笑っちゃうべきか? って、笑っちゃってるわけだけど。
「土方くんや桂くんのボタンなら争奪戦が起こったって不思議じゃないですけどね…」
「土方とヅラ? あれ、そこに沖田の名前が出てこないのは意外だわ」
「沖田くんは誰にもあげませんよ」
 俺の発言こそが意外だという顔で、新八は言う。
「神楽ちゃんは絶対欲しがらないから」
「あーなるほど。面倒くさいね、あいつらも」
 そして俺たちは二人とも苦笑いになった。一番面倒くさいのは自分たちだと思ったからだ。

 俺たちは一応、恋仲として、それなりの付き合いをしていた。
 しかし卒業後どうなるかって話はしたことがない。俺としては……まぁ別にどっちでも良い。新八の判断に合わそうと思っていた。そしてあいつのためにゃあこのままサヨナラしちゃったほうがいいんじゃねーの、とも。

「なんで二番目のボタンが特別なのか、新八クン、知ってる?」
「心臓に近いから……とか、そういう話じゃありませんでしたっけ」
「惜しい」
「え、違うんですか」
「違わねーけど。んーとね、心臓に近いから、心に見立てられてんだって」
 ああなるほど、と呟いて、新八は黙った。
「お前はさ、自分モテないと思ってるみたいだけど、先生はお前のボタンを欲しがるオンナノコだっていないこたァないと思うぞ」
「…………」
「ただ、お前みたいのを好きになるヤツって面と向かってボタン下さいって言えないようなタイプなんだよ」
「…………」
「だからもっと自信持っていいと思うぞ、新八。先生はお前に関してそこだけ気がかりでしたが、最後にぶっちゃけられて良かったです」
 さあこれで、お別れとしましょうか。三月はまだ桜も咲いていないし、寒い。とっとと引き上げよう。歩きながら振り返らずに手を振ったりしたらカッコイイかな。などと思って手を挙げかけたところで足が止まったのは、ケツの辺りを力いっぱい蹴られたからだった。
「突然何しやがんだテメェェ!」
「ムカツクんだよ今の!!」
 振り返らないはずだった俺の視野に入ってきたのは直視できないくらい感情的な目で。
「いきなり大人ぶって教師面して、僕のことなんでもわかってますみたいなその物言い、すげーウザいんですけど」
「なんだよ、お前いったいどうしたいわけ?」
「こっちの台詞だよチクショー。あーもう……先生は、つまり、どうでもよかったってことですか」
 感情を押さえつけようとしている声。まだまだ子供っぽいなぁと思った。てゆーかちょっと待ってください。断定じゃなくてせめて疑問形にしてください。語尾を上げてください。
「それとも、あー……こういう言い方はしたくないんだけど……ええっと」
「志村くん志村くん、言いたいことははっきりとお願いしますよ。先生は何がどうでもいいって?」
 俺はねェ少なくとも新八のことはどうでもよくなんかないからなマジで。と、続けようとした言葉は他ならぬ新八の手によって断たれた。
「せ、ん、せ、い、は、ぼ、く、の、こ、と、き、ら、い、に、な、り、ま、し、た?」
 人の襟元両手で掴まえて、苛立ちと真剣の瞳で、至近距離で見上げて、新八は言った。
 真剣に向き合わざるをえない。逸らせない。面倒くさいガキっぽさだ。
「きらいじゃねーよ」
 けどそういう面倒なとこが不快じゃなくて、愛おしいような感じで。強がる瞳をもっと覗き込んでみたくなる。奥のほうに揺れている不安はもう見えている。黒髪を撫でて、大好きです、と言ってみたら、やっぱり目の色が揺らいだ。
「わかんない、僕、あんたが何考えてんのか」
「そ」
 一文字で返事を返して力の抜けた新八の手をそっと外した。そしたら、手放したくない思いがふっと目の前に現れた。困ったなァ。
「ああ、ホント、こんなんじゃ僕らダメかもしれませんね、先生が言うようにサヨナラしたほうがいいかもしれませんね」
 苦々しく呟いてふらっと離れて新八はひらひらと手を振った。さっき俺がやろうとしていたようなやり方で。
「男同士なんてなんか不毛ですしね」
「だな」
 同調して、考えて、俺は言葉を続ける。
「俺はわかんねーけどお前は将来結婚とかするだろうし、お前のそういう明るい方向の未来、俺が奪っちゃいけないと思ったりするんだよね」
 新八がぱっと振り向いて俺を見た。
「どうしてそういうことを最初に言わないんですか」
「……えー」
「ホントッ…嫌ンなる。あんたのそういうとこ」
 言葉に反して新八はどこか、
「あと、らしくないっすよ。先生が自分より他人の幸せを思いやるなんて」
 さっきより前向きな、清々しい顔をしている。
「なにそれ、先生はいつでも生徒たちのことを思いやってるっつーの」
「じゃあ生徒の意思も尊重してください」
「お前もう俺の生徒じゃねーじゃん。まーいいや、なんだよ、オメーの意思って」
 一歩、二歩、奴は俺に近づいて、何かに負けないよう胸を張った。手の届く距離だ。やろうと思えば抱き寄せられる距離だ。そういうふうに距離を測る自分をちょっと忌々しく思う。外側で見せてる顔と内側で考えてることがまるで正反対じゃないか。こんなのは確かに俺らしくない。
 新八が、口を開いた。
「銀八先生の言う通り、僕はいつかどっかで誰かと結婚とかするかもしれない。僕、根っからのホモじゃないし。
 でも今はまだ、例えばこれから校門出たとこで『第二ボタンください』って言われてたとしても、渡そうと思えない、というか、渡せないと思います」
「渡せないの?」
「ええ、だってコレ、心なんでしょう?」
 自分の第二ボタンに触れてそう言った新八は明らかに、恥ずかしいことを言ってるという自覚を持っていて、頬が赤い。こっちまで恥ずかしい。
 そして二人してしばらく黙った。この沈黙は俺の問題だった。俺の中で口にしてみたいひとつの質問がぐるぐると勢いよく回っていた。そしてそれを言ってしまってよいものかどうか、この期に及んで悩んでいた俺は、先に指摘された「俺らしさ」というものを思って決心して、沈黙を破った。

「お前の第二ボタン、欲しいんだけど、ダメ?」

 ああ、こいつ、きっとこの言葉を待ってた。そんなふうに思わせる笑顔で新八は答えた。
「何を今更」
 そうか、これが答えか。これでいいのか。俺は全身の力が抜けた気分で安堵の息を吐いた。
「俺はホントにお前のことが好きだ、誰にも渡したくない、誰が何と言おうともう手放さない」
作品名:校舎裏、きっと桜咲く。 作家名:綵花