紅×白
「綺麗な紅に白ね…」
「久しぶりに言われたよ」
「あら、妬けるわね」
「どの口が言うかな」
「この口よ」
彼女は笑うと、俺の唇を唇で塞いだ。
「………ん、」
「他の誰にも、見せちゃ駄目よ」
「君も、俺以外にそんな顔しないでね」
―――――
窓の外に広がる都会の夜空だけが頼りの部屋に、紅い瞳と白い髪はよく映える。
「ひとじゃないみたい」
呟くと、彼は笑った。
「あっさり言うね」
その傷ついた顔が酷く人間臭くて頭を撫でると、更に歪んだ面差しで、彼は私の肩口にうなだれた。
ひとになりたい。
微かな声が肌に滲みる。
「貴方はひとよ、どうしようもなくね」
先刻まで縫いつけられていたシーツに、彼を押し倒す。
相変わらず情けない顔のままで、意地悪くした自分に少し後悔した。
「でも、ひとじゃないみたいに、綺麗よ」
小さく息を飲む身体を裏返す。その背に羽が押し隠されていやしないかと。
「何…」
「気にしなくて良いわよ」
肌を骨に沿わせてなぞる。ここに埋まる羽が白かろうが黒かろうが、私は仕え続けよう。
願わくば、杞憂でありますように。
「まずは、愛される努力をすることね」
「…君が愛してくれたら十分だ」
辿る指ごと腕が捕らわれた。
「私には誠二がいるもの」
腕の中で薄い胸に零すと、諦めたような短い溜息が届いた。
「空気読んでよ」
「無理な相談ね。でも、」
彼の顔を、瞳を覗く。まっさらの虹彩は芯から紅く、虚の彩る黒は宿っていない。
「貴方の傍にいるわ」
舐めたいような衝動を抑え、両の目蓋を掌で覆った。
掌の下で目蓋が震える。それは白い髪の先にまで伝わり、堪える呼吸は苦しげだった。
「泣いて良いのよ」
応えるように一度大きく息を吐き、けれど彼は言う。
「もう飽きたんだ。だから、」
弧を描く唇に、心底安心した。
「笑うよ、君の為に」
「何で君が泣くの」
空いた手で頬に触れると確かに濡れている。
彼は私の掌をやんわり退けて身体を起こし、私の輪郭を両手で包んだ。
「君の方が綺麗だよ」
沢山の悲哀を吸った白い髪と、沢山の辛苦に焼かれた紅い瞳が、私に刺さる。
コツンと当たった額に祈った。
願わくば、私を置いて飛んで逝かないで。
―――――
「ただいま…っ」
笑うと同時に崩れ落ちた彼に駆け寄る。慣れたとはいえ、ドキリと鼓動が跳ねた。
「貴方、また」
「ごめん、ケース…」
差し出せば彼は安心したように息を吐く。
「用意が良いね」
「っ、」
黒から紅へ。
虹彩、否、まるで彼そのものが変わるような。
「ありがとう」
私は、この瞬間を待っている。
「だから、良い加減にして」
「だって、向こうが」
「毎回倒れられて、こっちは迷惑してるのよ」
「…悪いね。でも」
ただただ紅い瞳が、笑う。
「君がいるじゃない」
「…」
疲れているんだから、さっさと寝なさい。
そう言ってしまいたいのに、私は紅い煌めきに捕らわれたままだった。
「…?どうしたの」
至近距離で響く声が、紅を覗き込んでいた私を我に返す。
「コレ、好き?」
虹彩を指し示す白い指先の持ち主の唇が、歪む。コクリ、頷けば紅は細められ、瞼は閉じられた。
「お預け」
「…意地悪いわ」
「開けさせてごらんよ」
ちょうどそこにあった唇に噛みついた。
これでは逆効果ではないか。
どうかしている。薄く目を開くと、
「っ、あ…!」
紅い瞳に真っ直ぐ見据えられ、気圧されるように私は、ソファに陥落した。
「…寝なさいよ」
「うん、君とね」
どうせなら、髪も白が良い。そう嘯いたら、彼は物好きだと笑った。
―――――
我に返って思ったのは、コンタクトを入れたままだということ。
「…つらい?」
彼女の肢体を、こんなに鮮明に瞳に焼きつけたことはない。紅い虹彩は、酷く混沌とした世界を俺に見せるから。
「え…」
「目、潤んでいるようだから」
「…いや、」
気づいたんだ。
そっと腕を伸ばす君が、あまりに美しいことに。
作品名:紅×白 作家名:璃琉@堕ちている途中