むっふう
朝廷はざわざわと人の声が響いていて、いつもよりもいくらかうるさい。せっかくこんなに清々しいのだから外に散歩でもいきたいのだが、生憎仕事が波の様に押し寄せていてそんなこともできなかった。
「…いない…」
「こっち……から…」
「母屋には…」
いつもどうり、仕事から逃走した摂取を探しているようだ。最悪僕に飛びかねないからめちゃくちゃ苛々する。
本当なら定時で帰れるのに、毎回残業しているのだから残業代くらい払って欲しい。
だから無駄な仕事をしない為にも、このようにひっそりと書庫にこもって、書庫の一番奥にある小窓の下に小さな机を置いて書類を作っている。ここの良いところはやはり人がいない事。
あと、この埃の粉臭い感じが好きだ。
今日はこの件が終わったら終わり、と軽くノビをした。
カタンと入り口の開く音がして振り向く。
棚が邪魔であまり見えないが、つまりは相手から僕も見えないだろうと目線をまた机に向けた。隠れる必要も無いし。
音の主は息荒く、走った後の様に足どりが重い。ギシギシと板間が軋む。
うるさい人じゃなけりゃいいけど…
基本的に最新の必要書類は入ってすぐにあるが、足は着々とこちらに進んでいるあたり、僕は見つかるだろう。広間でやれとうるさく言うような面倒な人だと僕の人生を邪魔される。
太子を探してるのか?
「あの…」
「うわっ!」
声をかけると驚いた叫びを上げた。泣きそうな顔でそこにしりもちをついたのはお馴染みの青ジャージだ。無意識に苛っとして顔を歪める。
「何してんですかアホ摂取…」
「あ、アホじゃないわアホー!」
皆探しているのに、こいつはまた…職場内ニートとはこいつの事だ。いや、金には困ってないだろうが。
どうせまた、くだらない理由だろう。溜め息も溢れて、力なく俯く。
「帰りますよ」とか言うと眉間を潜めて言うんだろう。嫌だ、とか。
ああもう、このオッサンは。面倒臭くてたまらない。もはやツッコむ気も失せた。
「死んでください太子…」「まだ何も言ってないよ私!」
「僕の中で完結しました…そんなに休みたいのであれば永眠と言う名の休暇を差し上げましょうか?」
「コワッ!どうしたのお前!?疲れてんの!?」
とりあえずとっとと帰ってください。投げ槍にそう言って、軽い身体をひょいと持ち上げる。
ぎゃっ
叫んでからじたばたと暴れて、暴言を吐かれた。
「お芋の馬鹿!話くらい聞いてくれたっていいじゃんかよ~!」
「アンタの話を聞く耳はありません」
「だっ、だってさあ…!」
予想外の涙声にフッと罪悪感を覚えて、彼を下ろした。
べそべそと涙で頬がまみれて、不細工…もとい性欲をそそる顔だ。流石にいかん。
「なんなんですか」
「だって、だっ…わた、きょ、…たんじょび…で…!」
溢れる。
溢れる。
「だれ、も…祝って、くれ…で、!竹、か、さんも、…い、いなく…て、!」
ああ、そうか。
この人がいなくなるのは、いつだって理由があった。小さなことだけど。
大粒の真珠は頬を伝い顎を流れ床を汚した。 人の何倍の悩みがあるんだろう。玉座の上にはナイフがつきものだ。
撫でる。
頬も唇も髪も。
「おめでとうございます」
そう呟いて、しっかりと抱き締めた。
あなたの存在が、僕だけの物であってほしい。
我が儘は承知している。
そう、全然気付かなかった。
この書庫の薄暗さも、入り込む雪風の寒さも、自分の孤独さにさえ。
あなたの顔を見るまでは。