アイガ
厭らしく微笑んで、また一度、その顔を叩いた。
乾いた音は部屋中どころか庭中に響き渡り、隣人が聞いたら何かとも思うだろう。
痛い、止めてといいながら、マゾヒニストな彼は確実に愛憎を高めていることはわかりきっている。
「そら、やめて、ひっ」
いとおしい。いとおしい。いとおしい。
貴方の詠む句がいとおしい。
貴方の筆を持つ指先がいとおしい。
貴方の歩く脚がいとおしい。
貴方の詠うその唇がいとおしい。
貴方のその赤茶けた髪がいとおしい。
貴方のその表情が、感性が、全てがいとおしい。
噛みつくように舌を絡ませた。苦しそうに呻き、それながらも紅葉の様に紅潮した頬を撫でることは、芭蕉さんが僕を愛するために必要不可欠だ。
湿った吐息は互いの間に浮かんでは消え、ただ、銀色の糸だけが渡るように滑る。
優しく抱くことなぞできるはずないのだ。
その美しい貴方に泥を塗ることが、何れ程魅力的で何れ程美しいか!
嗚呼、この快感はもはや断つことなどできぬ。
あなうれしや、あなうれしや、彼は僕を好いてくださる。
汚される恐怖と、それに勝る様な淫楽。互いの求む物が合っているなら、それでいいではないか。
翌朝の句会も、彼は身体問わず顔までもボロボロにして行くのだろう。
既に幾人かは、我々の関係を知っている。
またか、と思われるだけなのだ。
今宵は月見晩だ。闇夜に映える赤い影に、ふっと息を吹き掛けた。