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ながさせつや
ながさせつや
novelistID. 1944
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forbidden fruit is sweetest.

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部屋の隅で、二匹の毛色の良い猫がじゃれているみたいに、やわらかな景色。
 壁にもたれて座るタクトのうすい胸に、顔を寄せて眠る、ふわふわとした黒髪の幼馴染。ぺったりと頬から耳から、タクトに埋もれるようにしあわせそうな顔をして、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。眠ってからもうどのくらい経っただろうか。この幼馴染が、一度、夢の世界へ落ちればなかなか戻ってこないことを、タクトはよく知っていた。
 しかし、タクトはそんな幼馴染をいつものこととあしらって、てのひらで遊ばせている教科書へと視線を落とした。ぬるい体温が胸元からじわじわと伝わってくる感覚は、いつから覚えたものだったろうか。
 羅列された文字列を生真面目に読みながら、そんなことをぼんやりと思い描く。自分より、背丈も体格も―――ついでに、胸のふくらみも―――しっかりとしたこの幼馴染は、けれど自分にひどくあまく触れるのだ。あまやかせと言わんばかりのくせに、無言で、蕩けそうなほどの体温だけ、孕んで。
 気付けば、タクトの平均より少しだけ小さな手のひらは、幼馴染の背の白いシャツにしわを刻んでいた。体温が、薄い布を隔てた肌からたちのぼっているのを感じる。やさしい、温度だった。
「……ん、…」
「あ……」
 身じろぎに、意識を取り戻す。目を覚ますだろうか。そんなことを思いながら、役割を失くした教科書を、そっと床に伏せる。黒い髪の毛がもぞりと動いて、視線だけかちあった。
「ドキドキ、してる」
「……少し驚いただけだ。君が、いきなり起きるから」
「そうか」
 澄んだ海や広がる空を想像させる瞳の色が、少しだけタクトを見つめて、すぐに翻る。今度は、長い腕でタクトを包むように抱きしめて、それからまた、胸に顔を埋めて息をつく。自分よりも上背があるくせに、自分のなかに丸まろうとする幼馴染が、タクトにはいつも不思議だった。
「あまくて、いいにおいがする」
「あまい?」
「タクトを砕いて料理に入れたらきっといい隠し味になる」
「……理解できないな」
 やれやれ。寝ぼけてでもいるのだろうかと、背中をさすってやる。しわになった部分をのばすようにして、何度か上下させると、きもちいい、と声が聞こえた。
「心臓の音が聴こえる」
 そうか、心臓にいちばん近い場所に、顔を埋められているのか。
 タクトが気付くと、のそりと身体を離し、宝石みたいな視線が寄越される。黒い髪にアンバランスな、キャンディめいたあまい視線。
「タクトの音がする」
「殺し文句のつもりか?」
 長い指先が、頬に触れて、髪をすくようにタクトの形の良い頭蓋を支える。唇は一瞬で奪われて、あっさりと息ができなくなる。今、心音が聴こえなくて本当に良かった。
 言葉は脳裏にひとひら舞い降りて、すぐに、身体中を這いずる熱に焼き消えた。