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真夜中のアルルカン

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「キミ、もうちょっとさぁ……」

 丁寧に触ってよ、と、衣服を捲り上げた手を押し留めるように手を重ねて、上から指を絡める。その指先が自分のものに比べてひどく冷たい事に驚いたのが先で、握っていた指を解いてから数秒、村越は漸くその言葉の意味を理解した。

「最近、雑って言うか心がこもっていないって言うかさ、あぁ、いいや、この際“心”なんて女々しい言葉は置いておくとして──でも、何だか」

 やっつけ仕事みたいだよね。不安定なバランスで成り立っているこの部屋の空気を、ぶち壊すような言葉を平然と口にするジーノの唇は耳朶の後ろで笑いながら、冷えた指先は村越の指の背を滑り上から爪を押さえて、五本の指と手の平を自分の肌に強く押し付ける。

「……どうしたのコッシー? 前はもうちょっとゆっくり遊んでたじゃない、せっかくだから時間かけて楽しんだ方が、さ」

 エアコンを止めた部屋、剥き出しになった素肌が徐々に夜風に冷えて行く。お互いの肩に顎を預ける格好で身体を寄せているから、ジーノがどんな顔をしているのかは見えない、それでもきっといつもと変わらない他人事のような顔ですましているのだろうと思う。
 たまに深刻めいた言葉を無責任に放って、こっちが真剣に受け取ると、身をかわすように笑い飛ばす、或いは何もなかったように別の話を始める。聞いていなかったフリをしているのか、本当に聞いていないのか。ここ数ヶ月で密になったチームメイト以上の付き合いから、村越は馬鹿らしくなるほどの頻度で身に沁みてそれを知っていた筈だった。

「がっつくような歳でもないでしょ──即物的って言うのかな」

 だから今日のこれもきっとただの戯言だと、思っているのに捕らえられた手はジーノのいいように任せたまま、ひどくゆっくりと相手の皮膚の上を滑って行くだけで、感触まで意志が及ばない。それでも一度鎮火した熱はじりじりと燻るように体の奥から再び欲情しはじめている、いつもより引き伸ばされているような掻痒感がもどかしくなり、村越は小さく舌打ちをした。
 それが相手に聞こえていたのかどうか、だとしたらきっといつものように無責任に笑っているのだろう、きっとそうだろう、それこそ思う壺だ。どうでもいいから早く始めてしまえばいいと思った、それはジーノの肩越し、目の前のベッドになだれ込んで身を埋めてしまえばいつも通り始まる簡単な事だと、体重を乗せて身体を前に傾ける。

 溜息が、襟足を掠めた。

「なんだか、始まる前から早く終わらせようとしてるみたいだよね……?」

 小さな呟きが耳朶を滑り、胸が深く抉られる。

「嫌ならボクの部屋に来なきゃいいんだ、トイレじゃあるまいし、サッサと用を足して終わらせようなんて」

 最初は成り行きだった、二度目は素面に戻ってただ困惑していた、三度目はまるで自分が加害者にでもなったようで妙に居心地が悪かった、その次は──たぶん「どうにでもなれ」と思った。以降はその繰り返しでしかなかったと思う、つまりそれは惰性以外の何者でもない。
 ジーノもそれが解っているのだろう、わざと自分が嫌がるような言葉を選んでいる、本当にタチの悪い男だと思う。

「ジーノ……」

 もう、ここに来るのは今日で最後にしようと思い、確か先週来た時も同じ事を考えていた、と思い出して言葉に詰まる。
 ジーノの指先がそれを感じ取ったかのように微かに引き攣って、手が離れ腕が解け、凭れていた身体を離す。隙間の空いた体と体の間に冷たい夜の風が入り込んだ。

「でもね、キライじゃないよ……そー言う自棄になった感じも」

 ある意味とても、キミらしいと思う。
 そう言って顔を上げた、その口元はいつものように、或いは村越の予想した通り、軽薄に笑っていた。

作品名:真夜中のアルルカン 作家名:サカエ