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兄さんのお気に入り

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彼の部屋は彼のお気に入りのものばかりだ。
お気に入りのラグに一枚板のオークでできた重厚なベッド。そこにちょこんと鎮座する俺様好みとかいう触り心地のテディベア。のみの市で手に入れた年代物のデスクには、毎日欠かすこと無く書かれた日記帳。壁に掛けられているのは、今でも敬愛するかの上司の肖像画。これは俺の憶測だが、毎晩彼に語りかけているのかもしれない。そして、最近買い替えた新機種の携帯。旧知の仲である東の友人から贈られた小鳥のストラップがちょこんとぶら下がっている。



俺はお気に入りのもので囲まれた部屋に居る。
落ち着いた色のラグは、あいつと一緒に選び抜いた一品だ。昔よりひどく寒がりになってしまった俺には足下の冷えが大敵だ。がっしりとした作りのベッドは大抵のことじゃ軋まないし壊れない。寝相の悪い俺にはぴったりだ。俺様好みのテディベアは、黄金色の柔らかい毛に美しい湖面を連想させる瞳が埋め込まれた某国内メーカーの特注品だ。誰をイメージしたかは言わずもがなだ。デスクは昔住んでいた屋敷にあったものとそっくりなヤツをのみの市で見かけて思わず買ってしまった。そういえばあいつに最初買い与えたのもこんな感じだったな。もう覚えていないかもしれないけど。日課である日記の最後はいつも同じだ。「最愛の息子であり弟であるヴェストが明日も幸せであるように」最近買い替えた携帯で毎日ブログ更新する。小鳥のストラップは、東の食えない童顔のじーさんだ。昔のことを語りたくなったら、遊びに行く。何も言わずに美味しい饅頭を差し出してくれる。たまにトンデモナイ意味不明な手伝いをやらされることもあるが、比較的いいヤツだ。その携帯で、かっこいいむきむきヴェストやかわいいイタちゃんを撮るのはすげぇ楽しい!こんな便利なモンがあるなんて現代は素晴らしい。長生きはしてみるもんだ。けれど、昔のことは案外色褪せないんだぜ。思ひ出は美しくってな。今の俺にとっちゃ、血を吐くような辛いことも春のような安らぎも全てはもう過去だ。戻りたいとは思わないが、会いたいと思うことは無い訳じゃない。こんな冷たい雨が降る夜は。

壁に掛けられた肖像画。親父に語りかけるのは、もはや日課だ。
なあフリッツ、もう俺の周りは愛するものばかりだ。
誰も俺を傷つけないし俺も誰かを傷つけない。虚勢を張る必要など無く、多少の気遣いと思いやりがあればひっそりと生きていける。
お気に入りのものに囲まれているはずの俺はひどく空虚なときがある。
空虚を埋めるべく、俺はさらにお気に入りを増やしてゆく。
それは埋まることがない虚無への供物。
亡国の俺様にはもう何も無い。



「兄さん!いい加減にモノを増やすのはやめにしてくれないか。部屋が片付かない!」

「いいじゃねーか、幸せになれるパンダだぜ!はい、お前の」

「兄さん!」
作品名:兄さんのお気に入り 作家名:ゆう