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掃きだめでキスして

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上越はその躯体をひらりと軽やかに舞わせ、己の前に立ちはだかった。
そして、東北が彼に向かって阿とも吽とも言えぬ間に、その細い腕を己の肩に乗せると、そっと撫でるように体重をかけた。視界は見事に反転し、己の重力は彼の躰と共に全ての柔らかなソファの革に包まれた。
それなりの衝撃を受け止め、なんだ、といつもの条件反射で眉を顰めてみれば、上越は先程カメラマンに見せていたような柔和な笑顔を作り、東北の問を無言で捩じ伏せる。どうやら3回に1回程の上越に有意な機会が来たようだ。その笑顔をみて一瞬間のうちにすべての反目を忘却した東北は、僅かに張っていた筋肉の強張りを解く。上越は東北のその諦念を必然として感じ取り、その体重をすべて東北に預けた。
諦めという、最終兵器を持ち出した東北は、すでに本日の業務を終えていることだし、と己を説き伏せ、全ての感覚と感情を仕事から上越へとシフトさせる。そうして、さらりと己の眼前に降ってきた黒髪を弄んだときの、ほのかに香るランの薫りに気がつく。
そう云えば、なにやら彼に似合う薫りを、と化粧を施していたものが誂えていたような。


本日の業務は、大変珍しいことに内務でも乗務でもない、強いて言えばメディア方面の仕事であった。
普段から表舞台に出るのは、上層部の役員か広報部・営業部の人間である。それは、東海道が現場ありきという信念を持っていることも理由の一つであるし、そして自分達の存在を公にしたくないということも、そうである。
しかし、2011年という記念すべき年に何も残さないというのはあまりにも、という職員の要請という名の懇願があった。その尊敬と愛着の混じった願いに珍しく東海道が折れ、仕方なかろう、ということで高速鉄道の面々で記念写真を残すことになったのだ。
そして、滅多にない行幸と浮き立った職員たちによって、カメラマンからメイクまで一流の人間を揃えての、大変仰々しい撮影会となったのであった。


一刻前まで浴びていた、閃光のようなフラッシュを思い出し東北は少しばかり、うんざりとした気持ちを持て余す。髪と戯れる己の指がくすぐったいのか、上越は首を揺らしその感覚から逃げようともがいていた。ふるふると揺れるこうべに合わせて、歪みのない黒髪がさらさらと流れる。それでも東北の膝の間から少しも動かないのだから、大した抵抗にはなっていない。まったく矛盾の多い男だと思いながら、己の眼上にある白くまろい首筋を、今度はしっかりと捉え引き寄せる。こういう奔放さに結局惹かれているのだと東北は解っている。だから、結局彼の矛盾を指摘することもからかうこともしていなかった。
纏わり付くほどではないかと感じるランの芳香は、己の脳をどろどろに溶かしてしまうのではないかと思うほどに甘い。先程まで、常日頃では使わない笑顔をつくり、これが所謂精神労働というものであると、その身をもって感じていた東北に、その甘さは毒にも等しかった。疲れを認知していくほどに気怠く機能を低下させていく脳にゆっくりと滲み込む毒。美しい花には刺があると言うように、この存在はいつでも東北にとって毒だ。


東北がその体躯を腕に閉じ込めていると、上越はその窮屈さに耐えられなくなったのか、己の髪をひとつ、ふたつと摘みひっぱる。
その戯れのような行為を気には止めず、手近にある新聞を引き寄せる。しかし、片手で項をはぐる煩わしさを思い出し、幾許かの逡巡をもって東北は上越をソファの上に完全に引き寄せ、抱え込む。急激な視界の展開に焦ったのか、彼の喉は小動物のような悲鳴を上げた。
東北としては安定した位置に上越を抱えたので、安心して新聞に目を走らせる。
「とうほく」
ほんの少しの苛立をもって発せられた己の名前に対し、ひとつ項を捲ることで答える。
東海道程ではないにしろ、情勢には、とくに予算如何に関わってくる国政には、それなりの注意を払って目を通しておかねばならない。いくら東日本の稼ぎ頭が己であるといえども、貰えるものはきっちり貰っておくというのが東北の主義だ。東海のように自費のみでリニアを建設するなどということを東日本が出来るとは、東北は考えていなかった。だからこそより確実な方法を取らねばならないだろう。そう語った己に、悪い顔をしている、と評したのはいまこの腕にいる彼だったろうか。
上越は、無言の返答にため息ひとつで承諾を示し、また己の髪と戯れるという遊びに意識を戻していった。耳の後ろ、首筋、くるりと渦をまく頭頂、すこしずつ場所を変えていきながら上越は東北の髪の毛に触れ合っていく。その痛みともいえない刺激を、心地良いものであると理解しながら、東北はその視線を新聞に投げ続ける。
そんなことを四半刻ほど続けていたからか、さすがに指先に掛かる力が強くなり、はっきりとした痛みとして知覚された。
「痛いぞ」
東北は最後の一項を読み終え新聞を閉じると、上越へと意識を戻した。
その視線を受けると、上越は東北の意識がこちらへと向いたことに満足したのか、うっすらと微笑んだ。そして、ふわりと東北の腕から逃れて行き、自由の身となる。低いといえども触れ合っていた暖かさは霧散し、冷たい風が彼と己の指先の間をすり抜ける。


「とうほく」
ソファに座る東北をすこし高い位置から上越が覗き込む。そして、いつもよりうすくほんのり朱に染まった唇を東北の右瞼に寄せた。反射により閉じられた瞼に感じた感触。それは、いつも痛々しいほどに乾燥した皮膚のそれではなく、未だ残るルージュにより潤い、はっきりとした存在感を伴ったそれ。
その唇の暖かさが、東北の皮膚へと滲み込むようにゆっくりと移っていく。
「とうほく」
上越はそっとその唇を動かすこともなく囁く。
世界を移さない右の瞳に、彼の発する振動だけが伝わってくる。そして、左の瞳は平坦な彼の像を映し、目眩を覚えた東北は視覚を完全に遮断した。


彼ははっきりと恋情を伝えない。
なので、彼はゆっくりと瞼から唇を外し、その真白い象牙の歯をもって己の睫を喰む。
彼に喰われる睫はその恐怖と歓喜をもって密やかに揺れたようだった。東北はその感触と彼の息遣いを感じ、真新しい毒がゆっくりと流れてくるのを感じる。しかし、そのことを上越に伝えないように東北は慎重に仮面を被った。信念というほどのものでもなく、しかし願望というにはいささか足りない。東北は東北なりの「きまり」をもって上越の横に在ることにしている。そしてそれは上越を確実に斬りつけ傷つけると知っていはいるものの、その赤く滴る血をしっかりと舐めとることで全て精算するつもりでいた。
故に、己はこの矛盾を十分に活用することを厭わない。
彼の恋情はいま己の目の前にあるし、そして東北のそれも己の両手に潜んでいる。だが、東北はその両手を上越に捧げ彼を抱きしめることはしない。
その美しい歯に噛まれるべく彼に睫を捧げるだけだ。
なんといっても、己は寡黙な男であるのだから。



20110218 Title byダボスへ 

―――胡蝶蘭の花言葉「あなたを愛します」


作品名:掃きだめでキスして 作家名:鶯の谷