さよならを言いに。
太陽の隠れた街は、昼間でも深海の静けさだ。深海の部屋に、二匹の魚がいる。
泣くなよ、まだ。
それは相手に言っているのか俺自身に言っているのかわからない。目の前の相手はうんとうなづいた。
きみは強いね。
子供のような話し方は揺れている。こいつは子供みたいなヤツだ。でも、子供じゃない。引き際は潔い。
時計の針だけが唯一の音だ。テレビもラジオも今はつけない、否、そんなものは存在しない。必要最低限のものだけがある生活は、何が一番大切かを教えてくれる。愛する者のために祈り、勤労する。それだけが俺に与えられた唯一。
きみの勝ちだよ。
こいつの口元がかすかに微笑む。ああ、無理しているな。笑うのは泣いてるってことだ。でもそんなことは思っても言わない。勝ち負けなんかないだろう?俺が勝者ならどうしてこんなに心が晴れないんだ。
こいつの理想は、俺たちの理想は、ちょっとばかり今の時代には無理があったんだ。だってそうだろう、誰もが皆人より幸せになりたいんだ。そう、誰かを蹴落としてでも。
金持ちになりたい、有名になりたい、いい暮らしがしたい、美味しいモノを食べたい、好きな曲を聴いて、好きな絵を見て、好きな本を読み、好きな映画を見る。愛する人が傍らにいて、明日の心配をしない世界がいい。努力は報われて明日は今日よりいい日だと信じたい。そんな世界は薄氷のようだが。
でも俺は思うんだ。
間違いばかりじゃなかったことを。
だからもう泣くな。もう泣くな。