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機械的に時を刻み続ける二本の針を無心に見つめていた。そうしているうちにカ
ーテンを開けたままの窓からは陽が差さなくなっていた。灯り一つつけていない
部屋に吸い込まれるように、床に写されていた光の境界は消えて、辺りには闇だ
けが広がっている。自分で灯りをつけることはしなかった。少し動いて、スイッ
チまで手を伸ばせば、簡単にこの暗闇などなかったように空間に光が溢れるだろ
う。けれど、そうはしない。膝を抱えるようにしたまま、玄関の方を少しの期待
とそれを打ち消す否定の感情を抱えつつ、ちらと見る。じっとして耳を済まし、
足音がドアの向こうから聞こえるのを待った。外の音を探っていても、大きくな
るのは自分の鼓動ばかりで、待ち望んでいる足音は聞こえてこなかった。ああ、
まただ。高まっていた鼓動の残響を振り切るようにドアから視線を逸らし、腕で
抱えた膝の中に顔を埋める。何度期待に胸を膨らませても風船のようにばちん、
と弾けて消えてしまった。それでももしかしたらなんていう確証のない期待は消
えない。ただ、誰を待っているのかと聞かれてもすぐに答えが出てこなかった。
この部屋で共に多くの時間を過ごしたトキオだけを、本当なら待ち続けているは
ずだった。絵を描いている姿も、ベッドの上で抱き締めてくれた時に向ける優し
い眼差しも、何もかも大切だった。自分に捧げられているのが不相応だと感じた
ことを口にしたら、彼は美しい絵を描く、魔法の手を伸ばして頭を撫でながら、
君だからだよと言ってくれた。他人から必要とされ、愛されることは何物にも替
えがたいことを知った。この喜びを、自分でも返そうと思って彼を大切にしてき
たつもりだった。けれど今では彼のことも、そして自分が彼を好きでいた気持ち
も分からなくなってしまっていた。自分の傍から離れていてもなるべく早く帰っ
てきてくれていた彼の姿はもうない。予感はしていた。最近出会った女の人の話
をする時の顔が、自分にだけ向けられてきたそれ以上だったからだ。彼の腕の中
から追い出されるのが怖くて、彼との記憶のフィルムが色をなくしてしまうのが
怖くて、いつも通りに笑って話を聞いていること以外できなかった。けれど次第
に、この一人でいるには広すぎる部屋で殻に籠るように過ごす時間が増えていった。
二人でいた時には何ともなかったのに、一人で息をする度に目の前に広がる静寂
が胸につっかえて苦しくなって、頬から滴がぽたりと落ちて床を濡らした。一人
でどうやって生きてきたか、忘れてしまっていた。もう思い出せそうもなくて、
どうしようもなかった時に手を差し伸べてくれたのがカタシロだった。よく、ト
キオの話の中に出てきた彼その人だった。聞いていた通り、いやそれ以上に彼は
優しかった。どこを触っても切傷ばかりだった心には酷く沁みて、会って間もな
い時はただ涙が溢れて止まらなかったこともあった。話をすることもあったけれど、
慰め合うように身体に触れ合っている時間の方が長かったような気がする。婚約
者に事実捨てられた彼と、初めて愛した人に捨てられた自分。互いを全く見てい
ない訳でも、感じていない訳でもなかったけれど、あくまで彼はトキオが愛して
いた人として自分に触れている。そして自分はトキオが惹かれた女性がかつて愛
していた人として彼に触れていた。それ以上として触れるまでにはなっていない
し、踏み切れてもいない。このまま素直にお互い一つの恋にピリオドを打って、
彼を好きになったらよかったのかもしれない。けれど捨てきれない。それは何も
自分だけではなくて、彼も同じだった。もう元には戻らないと知って尚、手を伸
ばし続けている。何気なくそっと顔を上げた先には、トキオと、そしてカタシロ
と何度も肌を重ねたベッドがあった。灯りをつけないまま触れ合ったことも、眩
しい蛍光灯の下に裸体を晒して、貪り合ったこともあった。愛している、好きだ。
囁く声が聞こえる。所詮は情事の最中だけのまやかしの言葉だったのだと苦笑し
ながら、囁く声の主を探す。今も記憶の中で囁き続けるのはトキオなのか。それ
とも、カタシロなのか。どちらを選んだところで幸せになれるかなんて分からな
いのに、どちらかが欠けたパズルのピースだとまだ信じている。ドアの方に視線
を向ける。足音は聞こえない。ぽたりと涙が落ちた。みるみる吸い込まれて染み
になる。本当に愛して欲しい相手の名前を呼んで泣こうにも、口を開けば二人と
それぞれ共有した時間の記憶が頭を巡って、どちらも選べないという事実を目の
当たりにして口を閉じた。時計の針はただ進む。誰の足音も響かない静寂の闇の
中、誰かの名を呼ぶことなくただ泣き続けていた。
作品名:empty 作家名:豚なすび