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夜桜一献

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あれはいつのことだったろうか。
そうだ、桜が綺麗に咲き誇っていた。ああ、春のことか。

いつものごとく無愛想だが真摯な様子でもくもくと木綿の裂き布を腕に巻き続ける友人は、こくりと首を傾げた。
「何のことだ、刑部?」
「ああ、すまぬな ただの独り言よ」
ふうんとつぶやくと、作業に戻る。ぽかぽかとぬくい日の光が射し込み、思わず欠伸が出る。随分と今日はのんびりとした日だ。
辛気くさいこの自室も小春日和に気がゆるむ。
「怠惰だな」
「時には必要なこともある。ぬしにはないか?」
「無い。全身全霊を持って、秀吉様のために仕えるのみだ」
迷いの無い返事。もちろん作業は休まない。全く無駄のない男よ。
こうして完治する見込みの無い男の世話を焼くことに意味などあろうか。そう意地悪い問いかけでもしようかと思ったが、おそらくそれはこの実直な男の逆鱗に触れるだけだろう。この男のやることに一切の無駄は無いのだ。彼がそう信ずるものには。無条件の信頼は、歪んだこの心根にも心地よく失いがたいものだ。そう告げたことも告げられたこともないが。

あれは桜の満開の頃。
まだこの足が萎えておらず、我は夜桜の下で一献と、杯を片手に縁側にいた。
ひらひらと舞い落ちる花びらが杯に落ちるさまに思わずにやりとする。
病状は一進一退、滅入るこの気持ちを持て余す日々だった。業、ゴウとはなんだ。人なら誰しも大なり小なりあるだろう。何故に我だけが。ワレだけが。
闇がゆっくりと浸食してゆく。我の心を。崩れゆく躯は止められないがせめて心だけはキレイなままでいられないのか。あの桜のように美しく散ることすらできない。生きたい。我は生に執着する。
「刑部」
ふと目の前に友人がいる。透明な月のような男だ。けして満月ではない。いつも満たされないような切れそうな三日月だ。
「酒を持って来た。まだ飲むか?」
笑いもしないが、どことなく楽しそうだ。この男にしてはめずらしいことだ。
「飲む。ぬしはどうする?」
「付き合おう」
「めずらしいこともある。酒は判断を鈍らせるのではなかったか?」
「酩酊するまでは飲まん。酒は百薬の長だ」
「あい、わかった」
引きつった笑いが止まらない。珍しい、メズラシイこと。
あまり笑いすぎて癇癪を起こされてもツマラナイ。笑いは押さえ込み、出された杯にゆっくりと酒を注ぐ。
「ぬしに感謝を 友人殿」
「口上は不要だ。さっさと飲め」
「全く情緒の無いことだ」

無駄の嫌いな友人が、そっと隣に寄り添ってくれたのは、病にふさぎ込む我の心を汲み取ってくれたのだろう。我の心は歪み、もう元にはもどらないが、この友人は変わらず傍らいる。この歪な願いの往く先がどこかは我にも判らぬが、地獄の果てのその先まで、道連れにと願う心は否定しない。

作品名:夜桜一献 作家名:ゆう