瓦礫の城
これから何かが起ころうとしている、空気が生温いのがわかるだろう?
覚悟しろよ、失う前に大事なもんはしまっとけ。
194×年、独仏国境を突破され、本土に撤退した俺たちは首都に8個師団及び国民突撃隊を配備した。まさに最後の戦いとなるだろう。4月に入り、東と西からの包囲網が徐々に完成つつあるのを見守り、上司は土竜のごとく地下から出てくることはなかった。俺は止むことの無い頭痛と胸の痛みに苛まれつつ、ベルリン市街を囲む環状鉄道を防御線に、各部隊の配備に余念がなかった。美しい街は灰色に変わり、バリケードと鉄条網に覆われる。まるで茨の城だ。眠り姫などはいない、地下に潜る土竜たちだけ。
大事なモノはどこだろう?
木々は揺れ、風は止むことは無い。屋敷がぎしぎしと音をたてる。
窓に叩き付ける雨は激しく、話し声さえ掻き消える。
暖かい暖炉の前にあの人は彼独特の口の端をあげる笑い方をした。
大丈夫、こういうときはじっとしてろ。嵐の後は、片付けが大変だからな!
拠点陣地には500回以上を超える航空爆撃。もうこちらには対抗する術は無い。燃え盛る炎と市民の悲鳴。東側から市環状防御線が突破される。徐々に狭まる包囲網。煙にまみれる市街は、元の姿を失ってゆく。あの街路樹の下を兄さんと歩いたな。クリスマスマルクトの時期は、美しく飾り付けられ、子供だった俺はめずらしくはしゃいだ。あのとき買ってくれたのは、確か小さな天使のついた北部の街の木彫り人形。ああ、あれはどこにいったかな。
耳鳴りが止まない。どうやら鼓膜がやられたか。
大事なモノが見つからない。
黒い森のその奥にひっそり埋めて隠してしまいたいのに。
嵐の後は、片付けが大変だ。
折れた枝にくずれたレンガ、はがれた壁に飛んできた麻袋。
美しい庭も乱れてる。庭師が少し肩を落とす。
壊せばまたつくればいい。お前や俺が居るんだから。
蒼天の空を見上げるあの人は美しかった。
大事なモノは・・・大事なあなたはもういない。
瓦礫の城に佇む俺にそっと白い男が微笑んだ。