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諦める

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死人は死人で、生きていた頃と同じ様に過ごせるモノ。それが、私の学んだ事。



 私は半年ほど前に殺された。殺されて暫くは何も感じなかった。それでも、時間が経つうちに何故か意識が戻って、私はここにいた。見た事の無い景色や、私が過去に過ごした場所。元々存在する死人の世界と、死人本人が持ち込む生前の記憶が混じる場所があると、士官生の頃に聞いた。きっと、ここがその場所。
 見慣れない花畑に佇んで、私は何を考えているのかが解らない。まだこの場所に来てあまり時間が経っていない所為?
 何をして良いかも解らず、立ち尽くしていた場所に座り込む。吹いてくる風に前髪が揺らされる。花の香りが鼻腔をくすぐる。それでも、私には不快なだけだった。甘い匂いは、自分の髪だけで充分。生前、私を作ったあの方よりも私を可愛がった大切な大切な副隊長も言っていたから。「ヒャクの髪は甘い良い匂いするな」と。私の好みではないけれど。女装任務が多かったから、少しでも女性らしく女性用のシャンプーを使った結果だった。

「女性が此処にいらっしゃるとは、珍しいですね」

 聞き慣れない声。見上げると、私の隣に男が立っていた。私が見上げている所為で背が高く見えるだけで、私とあまり変わらないか、私より少し小さそうな男。男は微かに微笑むと、
「隣、よろしいですか?」
紳士的な声音で言う。黙って頷くと、男は音も立てず上品な動作で座った。風が相変わらず吹いていて、私の髪を揺らす。髪が長い所為で、男の鼻先まで私の髪が舞う。
「随分と、綺麗な髪ですね」
「…ふん」
別に照れくさい訳でも何でもなく、お前なんかに興味は無いという意志表明。それを理解したのかしていないのか、男は静かに笑った。
「大丈夫ですよ。貴方を口説きに来た訳ではありませんので」
そんな心配、微塵も無い。口説くなら口説けば良い。口説かれれば私はついて行く。相手が期待した時に自分の姿を晒してやれば良い。何となく、この男は気に食わない。少々垂れ目がちな宝石の様な緑色の目。淡い紫色のセミロングヘアも嫌いではないはずなのに。何となく、この男が気になる。好意は無い。決して、無い。私が初めて好意を寄せた相手とは、似ても似つかない。好意ではなく、苛立ちを感じているだけ。
「気難しいのですね。そこも素敵ですが」
そう言って子供のように笑いだす。何が面白い。私をからかうのがそんなに面白いか。
「…鬱陶しい。それと、私は男だ」
「予想はしていましたが?女性がこの花畑に来るなど、ありえませんから」
「…何故」
顔を横に向け、男の顔を見る。少しだけ横顔を見ただけだったから、正面から見る男の顔に驚いた。口元が、大切な大切な大切な大切な大切な大切なあの人に似ていた。男は顔に笑みを貼りつける。その笑顔も、大切な人に似ている。
「この花畑は私が見せている幻覚です」
「…他に誰もいないのか」
「いません。邪魔ですからね。他の方はこの幻覚を見ておりませんよ」
なら、この男の存在を知っているのは私だけ?その疑問を口にすると、男は楽しそうに笑った。
「違いますよ?貴方が今回の私の獲物…ただそれだけです」
男が言い終わる前に立ち上がり間合いを取る。獲物であれば、私は殺される。既に死んでいるのに殺されると言うのも妙な話。
「ああ、獲物と言うのは良くありませんね。大丈夫です、襲ったりしませんから」
「信用できるものか」
「女性は面白くありませんからね。もう飽きてしまいました。ですから、私は貴方の様に気に入った方に幻覚を見せて遊ぶのですよ」
「…ふざけるな。私を何だと思っている」
男はゆっくりと立ち上がり、優しそうな垂れ目で私を見据えた。口元は笑っているが、目は笑っていない。
「玩具、ですかね。恐怖であれ幸福であれ、私は幻覚を見せます。飽きれば、捕食します」
相手を破壊し、その部品を捕食し成長するイレギュラー。その話は何度か聞いた。スクラップ工場を制圧し、残されていた部品を捕食しているという話も。
「イレギュラーハンターであれば、私の名前ぐらいご存じでしょうがね」
「…メタモル・モスミーノス…」
同部隊の隊員が捕縛に赴いたが、誰一人戻って来なかった。全員、幻覚を見せられて破壊され、捕食された。
 そのイレギュラーが、目の前にいる。それはこのイレギュラーが既に死んでいる事を示していた。
「ご存知でしたか。貴方の様な美しい方に知られているとは、なかなかに光栄ですね」
どうでも良い。私を攻撃しようがしまいが、私を捕食しようがするまいが、どうでも良い。私はもう死んでいる。だから、関係無い。
 それに、私にどう戦えというんだ。目元は全く似ていない。それなのに、口元は大切な大切な、大好きな副隊長と同じ。そんな相手を、どう攻撃すれば良い。
「…殺すなら殺せ」
「殺しはしませんよ。ですが…」
殺気は感じない。それでも、男―モスミーノスは私に歩み寄り、顎を掴む。無理矢理視線を合わせられる。
「死人の中には、私好みの方はいらっしゃいませんでした。暫く、私の話し相手になって頂けますか?ハンターであれば、興味深い話も聞けそうですし」
 有無を言わせぬ口調。口元しか副隊長に似ていないのに、どうして私は攻撃を躊躇う?
「無言は肯定と見なしますが?」

 「…やって、やる…」

 もう2度と会う事の無い人を諦め、少しでもあの人に似ている奴を代わりにするのは、単なる浮気癖?会えない人を想う一途さ?
 …どの道、私に逃げる術は存在しなかった。このよく解らない男が幻覚を見せるのをやめない限り、私はこの男以外を見る事は出来ないのだから。
作品名:諦める 作家名:グノー