サタデーナイトフィーバー
池袋のとあるファーストフード店にて折原臨也はボックス席に座り頬をおもいきり緩めて笑っていた。つまりにやにやしていた。勿論ひとりで。ひとりでボックス席を占領するんじゃねーよという女子高生たちの睨みと、関わりたくないなあという一般人の退き笑いを一身にうけてにやにやしていた。耳にはイヤホン。頬をついてバニラシェイクをすする。なんて甘いんだろうと彼はおもった。こんなものを平気で飲めるやつの気がしれない。主にあのバーテン服だけど。
彼の鼓膜には今同じ町にいるだろうけど、到底声が届きそうにない距離にいる男の声が届いていた。ときおり雑音が入るがまあ安物だったのでしかたないかなあとイヤホンを少し奥に押し込む。誰かとの会話(おそらくあのドレッドヘアの上司だろう)から察するにどうやら仕事を一通り終えたらしい。今から飯だそうだ。となればどうせあのロシア人がやっている寿司屋だろう。ならあの近辺に行けば会えるかな。臨也は携帯を開いて現時刻を確かめる。午後10時をすこし過ぎたころ。あと20分ほどしてここを出たらきっと偶然を装って会うことができる。臨也は乙女もびっくりするくらいの笑顔になった。全ては乙女心の所為だよと彼は自分の行動を自己肯定する。
彼がしている行為はつまり盗聴であり日本社会では立派な犯罪であり、決して乙女心で許されるものではないのだけど、本人には全く自覚がないのでいけない。被害者は長年の思い人、注釈しておくと同性である、平和島静雄(23)。静雄はなんだか高校時代から尋常じゃない感情を臨也がもっていることを知ってはいたけれど、まさかここまでされてるとは想像すらしてなかった。彼のバーテン服の蝶ネクタイ部分に、それ、小型の盗聴器はついいているのだけど、だって、まさか。
<・・・くせぇ・・・>
イヤホンから新たに声が届いて臨也はそちらに集中する。なんだろうくさいって。シズちゃんゴミ溜めにでもいるのかなあ。
<くさいって、べつに何も臭わねぇけど?>
<や・・・なんか具体的な臭いとかじゃねぇんすよ・・・こう・・・空気が淀んでるっつうか>
<?>
シズちゃん人間ってよりは野生動物に近いからなあ。臨也はポテトを口にする。
<・・・>
<なんだよ静雄、そんなに気になんのか?>
<・・・なんかこれどっかで嗅いだことのある臭いなんすよねえ>
<おま、犬じゃねぇんだからくんくんすんなよ>
くんくんするシズちゃん・・・!臨也は想像して思わず机にうつぶせになってだんだんそれをぶってしまった。後ろのボックス席のみなさんがびっくりされている。いきなりひとりで机を叩きだしたファーコートの男に怪訝な視線が注がれる。そのときこの不穏な空気のファーストフード店に3人の人間がやってきた。
「おおお、あれに見えるは折原臨也じゃねっすか狩沢さん!」
「あいかわらずひとりなのねえ」
「・・・」
門田はちょっとこの店に入ったことを後悔した。高校時代によくみた、違った意味であんまり関わりたくない折原臨也のすがただったからだ。この店を渡草との待ち合わせに指定したのは間違いだったか。話しかけたらめんどくさいのでそっとしておけと狩沢と遊馬崎に告げる前にあほ2人はちゃっかり臨也に絡みにいっていたので門田はげんなりした。あとうんざりもした。だが2人の目的は臨也なんぞではない。
「ちょっとちょっとちょっと!!折原臨也!!」
「わ、なんなの君たち、ひとが折角いい気持ちでいたのに」
「あんたの気持ちなんて微塵も興味ないわよ!それよりこれ!!」
びっと狩沢が指指したものは、臨也の机のうえにあった、子供向けのセットにつくおもちゃだった。今は日曜8時半からやっている美少女戦士の簡易フィギュアである。そもそも門田たちが待ち合わせにこのファーストフード店を選んだのも狩沢と遊馬崎がどうしてもおもちゃが欲しいと強請ったからである。だがこの2人と同じ趣向を持っている人間はこの町に少なくなく、あっという間に目当ての子が品切れていたのだ。その最後だったのだろう、それを持っていたのが、単なる知り合いでありたい臨也だった。
「ねえこれ譲ってくれませんかね?!」
「は?」
臨也は妹たちに比べてあんまりそういう趣味はなく、目をきらきらさせている遊馬崎のきもちがよくわからなかったので、別にあげてもよかった。なのだけど、なんだかこの失礼な2人に簡単に渡すのも癪だともおもった。渋っていると狩沢がなんとも素敵な爆弾を投下する。
「もちろん無料でとは言わないわ!これと交換でどう?」
ばっと臨也の目の前につきだされたものは3枚の静雄の写真だった。露西亜寿司で泥酔して赤い顔をして寝ている静雄、ぼーっとペットショップの子犬を眺めている静雄、そして着替え中の静雄。おまえらこれどこで撮ったんだと小一時間ほどナイフつきつけて追求したかったけれどそれより普段臨也の前では絶対見せない静雄の光景に彼は即座にフィギュアを差し出した。三者三様、はたからみてとても気持ち悪い喜びようだ
ほんとうに何かのマニアというものは、常人にわからない価値観をもっているもんだなあと門田はひとりでコーヒーをすすりながら、ほくほくしているあほ3人を遠目で眺める。それにしてもしかし。
「ところでお前は何してるんだ臨也」
関わったからにはきちんと話しかけるのが門田が男らしい所以である。臨也は写真を眺めながらはっとする。自分が何をしていたか、その目的を思い出してはっとした。しまったそろそろいかないと!バニラシェイクを最後まですすってトレイをもって立ち上がる。
「久しぶりだしゆっくり喋りたかったけど、俺もう行かなくちゃ」
「そうか、俺は別に喋りたくはないが」
「ははっ君ほんとむかつくね!まあ今日俺、機嫌いいし見逃してあげるよ」
じゃあねドタチンと去っていく臨也の背中を見ながら門田は首をひねる。結局あいつなにしてたんだ・・・?たぶんきしょいことをしていたんだろうなあとは思ったけど、盗聴ですとは、さすがの門田も思いつかなかったようだ。
臨也は池袋のまちを軽やかな足取りで歩く。イヤホンからはなおも声が聞こえる。あ、そろそろかなあ。60階通りをひた歩く。だいぶ春めいてきたやわらかい夜風がきもちよかった。
雑踏の中で、金色の後ろ頭が見えた。そのでかさは無駄じゃないなと思って臨也はうれしくなる。ふっとその頭がこちらを振り向く。サングラスの奥の目が臨也をとらえて、臨也はどきどきした。イヤホンから聞こえる声と、実際聞こえる声が二重になって彼の鼓膜にとどくので、イヤホンを外す。やっぱり生のほうが、いいなあ。
「くせぇと思ったら、またてめぇかぁっ!!」
臨也は罵られているのに静雄の怒声にきゅんっとした。近くにあった自販機をごごごっと持ち上げる静雄をみてきゅんっとした。そんなシズちゃん・・・おれの臭いがわかるなんて・・・!!誉められても照れるとこでもないことに彼は気付いていない。池袋の夜は更けていく。エキセントリックな青年たちの絶対噛みあわない感情をのせて、眠らない。自販機がまた池袋の夜空を飛んだ。
作品名:サタデーナイトフィーバー 作家名:萩子