師弟攻撃
ひゅんともう一振り、身体に沿わせるようにティエルは棍を下ろした。随分久しぶりのこの高揚感に、自然口元に笑みが浮かぶ。ほんの少しの倦怠感が心地良い──瞼を閉じ、深く息を吐いた。
「腕は鈍っていないようだな、ティエルよ」
「師匠こそ」
ニヤリと、隣立つカイがティエルを見やった。数年ぶりに再会した武術の師は、満足気に目を細めている。それがとても、誇らしい。互いに腕を掲げ合わせたあと、ティエルははにかむような笑みを見せた。
「こりゃたまげた。ティエル、お前こんな反則な強さはねぇだろ。今まで隠してやがったな!」
ビクトールが口笛を一吹き、ティエルのバンダナごとガサツに頭を撫ぜ回し小突く。
魔物と遭遇するや否や風のように踊り駆けた二人に、他の者は武器を構えたまま立ち尽くす他なかった。あんなにも活き活きと棍を振るうティエルを初めて見た。ビクトールはグレミオに同意を求めるように顎をしゃくる。
「老師は坊ちゃんの棒術のお師匠さまなんです。ふふ、久しぶりなものだから坊ちゃんってば張り切っちゃって」
とても良いお顔をなさっています、とふうわり微笑んで、グレミオはティエルをやさしく見つめた。その眼差しに決まり悪げに視線を逸らして、ティエルはほんのりと頬を染める。
「グレミオ、僕はそんなんじゃ、」
続く言葉は、荒く首に回された腕に遮られた。
「ようし、俺ともやろうぜ。──そうだな、『ラインバッハ攻撃』なんてどうだ?」
「シュトルテハイム・ラインバッハ3世ネタはもう良いから!」
腕の中から抜け出そうともがくティエルをさらに小突き回すビクトール、そうしてクレオが何やら窘めている。そんな彼らを遠く見やりながら、カイは従者へと吐息を漏らす。
「鈍っとらんどころか、そう遠くないうちにわしを抜くだろう。それほどに研ぎ澄まされてきておる。しかし──何か昏いものがやつを巣食っておるように、見える」
グレミオはその問いに言葉を返すことが出来なかった。くちびるを開き、閉じ、数度繰り返し、きゅうと噛み締める。じゃれ合う主を見つめ、俯いた。
「なに、訊こうとは思わんよ。わしは坊主の味方になると言っただろう。わしは……そうだな、棍のようにまっすぐ、ティエルが歩んで行けるよう共に戦うまでよ」
道を選ぶのはティエル自身だ。それを見守るも見届けるも、それはカイの仕事ではない。師として導くのは術とその精神のみ。いずれそれすら超えてゆくだろう。それが楽しみでもあり寂しくもあり──けれど、弟子の成長をこの目に出来る喜びが勝った。
使い込まれた黒塗りの棍を肩へと掛ける。そうしてカイは声を上げて笑った。