カミダノミ。
「ほう? 私はてっきり、信じてるものだと思っていたが?」
俺がさっき買い物カゴに入れたワインを、ヴィンセントが元の棚に戻した。
抗議しようとした途端、別のワインがカゴに入る。
曰く、こっちの方が高いが美味しいから、だそうだ。
俺にはワインの味なんて分かりやしない。
ビールの方がよっぽど美味しく感じるよ。
「あ、クッキングペーパーあったっけ?」
「……買い物に出る前に確かめなかったのか、お前は」
「……ニンゲンは、過去のことを忘れ未来を生きる生き物なのさ……」
「格好つけるんじゃない。まったく……」
悪態をつきながらも探しにいってくれる、ヴィンセントが好きだ。
俺が、彼と暮らし始めてから、初めてのクリスマス。
先程も彼に言ったが、俺は神様なんてものは信じない。
俺を信じさせたければ連れて来いってことだ。
「ほら、持って来たぞ」
「ん、さんきゅ」
「材料足りない、なんてことはないな?」
「んー、大丈夫。たぶん」
そんな俺が、クリスマスケーキを作る、なんて言い始めたから彼はさぞ驚いたことだろう。
色々な事を聞かれて、仕舞いには「気でも狂ったか?」なんて本気で心配される始末だ。
そういう気分になる時もあるのだよ、ヴィンセント君。
祝う対象は、居るかも分からない神様なんかじゃない。
俺たち二人を、二人だけで祝うのだ。
たまにはそういうのもいいんじゃないかって。そんなただの気まぐれ。
「ワインも買った、チーズは家にある、買い漏れなし!」
「わざわざ高いワインを選んでやったんだ、感謝するのだな」
「どうもありがとうございます」
「どういたしまして」
名前や種類なんて覚えてないけれど、ワイン好きのヴィンセントが選んだのだ。きっと美味しいに決まってる。
今年の…なんて言ったかな? いいや、知らなくても。
* * *
正直な話、ハンドミキサーを握るのは剣を握るのより緊張した。
どうやら俺は随分小心者だったらしい。
今まで気が付かないなんて、鈍すぎるにも程がある。
「上手いものだな」
ヴィンセントに褒められるのが、嬉しくて、つい笑みが漏れる。
「見た目はな。味の保障はできないけど」
「いや、十分だ。嬉しいよ、クラウド」
あぁ、そうやって俺の名前を呼んでくれるんだね。
俺も嬉しいよ、ヴィンセント。
「では、ケーキの出来栄えは食後の楽しみにするとしよう」
「楽しみにしてて、とんでもないものになってたらがっかりするよ?」
「もし不味かったとしても、私は食べるからな」
「あはは。嬉しいけど、腹壊すって」
「そうなったら、もちろんお前が看病してくれるのだろう?」
笑いながらヴィンセントはリビングに戻っていった。
美味しく作ろう。
よく分からない責任感みたいなものが背中に圧し掛かった気が駿河、今日の夕食が何より楽しみになった。
今日は、神様が生まれる前日。
本当に神様がいるのだとしたら、今頃は聖母が腹痛めて頑張ってるのだろう。
そして、今日という日がなければ俺はこんなに幸せを実感していなかったのだろう。
そう考えたら、少しだけ神様を信じてもいいかもしれないと思った。
願わくば、神様。
この幸せが永遠に続きますように。
なんて、ちょっとクサイかな?