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みらい

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この街は、どんどんあの時代に似て来ている。

写真にして街の風景の一瞬を切り取って壁にでも飾ってみれば、まるであの時代が目の前に現れたような錯覚に陥る。あの頃のままの日本。俺達のいた日本。家族が、皆がいた日本。・・・だがそんなものはもうこの世界のどこにもありはしない。高いビルも建った。東京タワーも建った。何もかもがあの時代そっくりに構築されていく。だがこの時代という母体を支える細胞は、もはやあの時代のものとは掛け離れている。街の住人の一人ひとりが、もしかしたら生まれてくる筈がなかった人間なのかもしれない。そして、生まれてくる筈だった人間がもうどこにもいない。


都内の公園の一角に車椅子を止め、初夏になろうという穏やかな日差しを首筋に感じながら無邪気にボールを蹴ったり走り回る子供をなんとはなしに眺めていると、この時代から消えてしまった色んなものを考えさせられる。

一洋。生まれてくることのなかった、俺の息子。
米国からの自由を与えられたが、しかし再婚するという意志はもはや俺にはなかった。この十数年で色んな事がありすぎたのだ。今更人並みに妻を迎えようという気もない。圭子への負い目だろうか。圭子はこの時代に生まれてきているのだろうか。これから先、生まれてくるのだろうか。だとしたら、俺ではない、誰か別の男と結婚したのだろうか。例えそうだとしても、もはや一洋が生まれてくる事はない。
何も知らない、知らなくて良い子供達の笑い声の中に家族の面影を探してしまう。


――――――――俺は、孤独だった。


この時代に突如現れた「俺」という不確定因子の帰る場所などもうどこにもありはしない。
そして血の繋がりというものとて、この世界には存在しなくなった。全てを失った。財産や家族や友を失った人間は多くいるだろうが、それでも時代を失った人間はそうはいない筈だ。遺伝子としての俺は、この地球でたった一人なのだ。もはや取り返すこともできぬ時代の流れ、うねりを目の前に突き付けられるように、しかし流れる時代に喘ぎながらこの眼をかっ開いて生きてきた。

以前、以前と言ってしまうにはあまりに遠い昔、圭子と一洋と見に行った動物園のサイを思い出す。
圭子は日本の動物園には珍しいサイを近くで見た迫力にはしゃいでいたが、一洋だけはしょんぼりとして手すりに顎を乗せて少し唇を尖らせていた。どうしたんだ?サイは嫌いだったか?と尋ねた俺に、一洋は「どうして一頭だけなの?どうして一頭だけで檻に入っているの?どうして一頭だけアフリカから連れてこられたの?」と尋ねた。俺と圭子は顔を見合わせて答えに詰まった。
今、ふいにそのことを思い出す。――――――何かの力でたった一頭だけ、存在しない筈の日本に現れた哀れなサイ。

何故、俺だけが生き残ったのか。何故、俺だけ連れてこられたのか。




「おじいちゃんボール蹴ってー!!!」



自然と虚空を仰ぎ見ていた俺にふいに舌ったらずな声が投げられた。
目線をそちらへやれば五歳くらいの少女が自分に向かって手を振っている。そして車椅子の足元にはピンク色のビニールボールが転がっていた。俺は少女に笑みひとつ投げて、もはや萎え切って立ち上がる事すらできぬ老いた足元へ向かって腕を伸ばし、老いた皮の目立つ骨ばかりが大きな手でボールを拾い上げ、少女に向かって投げ返してやれば「ありがとーございましたー!」という笑い声混じりの声が投げられ、また少女はボールを持って近くに居た友人らしい少女らと芝生を走り回っていった。

「あの、娘がすみませんでした」

横から掛けられた声に顔を上げれば、若い女性が申し訳なさそうに笑みを浮かべている。あの子の母親だろう。

「いや、元気な娘さんだ」
「でも無邪気が過ぎて・・・」

母親の言いたい事を察する。
あの子は俺に、ボールを蹴って、と言った。車椅子に乗った老人へ投げた無邪気な言葉をこの若い母親はささやかに気に咎めているらしい。そんな事を、と彼女の優しさに自然と顔に笑みが浮かぶ。そういえば俺も、圭子も、一洋の子供特有の無鉄砲な発言にはいつも肝を冷やしたことを思い出して、深くなった笑みがしかし冷たくなる。そう我侭も言わず、喧嘩もしない、俺には少し大人しすぎる程優しい子だった。

「無邪気さに振り回されるのも親の幸せですな」
「だと良いんですけれどね。もう5つになるんですけれど、まだまだ”なんで?”“どうして?”ばかりで、説明する親は困ってしまいます」
「その「なぜ」に、気づかされる事もありました・・・。あの子のお名前は?」

「みらい、と名づけました」

思わず顔を上げた俺に気づかず、若い母親はその目をやわらかく細めて、その“みらい”という名の少女を甘くやさしい瞳で見つめている。幸福な母親の目だった。そして俺に目をやって照れ隠しのように苦笑し、風に煽られた髪をそっと耳に掛ける。

「母からは、近頃は変わった名前を付けるだなんて小言を言われてしまうんですけれど、でもこの子が自分の未来を見つめてまっすぐに育てば良いな、と願って主人と名づけました」

やっぱり変な名前だったかもしれません、と照れて笑った若い母親に、俺は泣き出しそうな程切実に、真実の気持ちで笑みを浮かべた。



「みらいは、私の一番好きな名前です」








―――――――200X年6月、国防海軍最新鋭イージス艦「みらい」は、その日ハワイ真珠湾へ向けて横須賀を出航した。








作品名:みらい 作家名:山田