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君の隣で

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“明日の朝5時くらい、学校に来られる?”

深夜にこのメールを見た時はただの悪ふざけかとも思ったが。
用件だけの短い文章が何となく気になって、とりあえず「了解」と返信した。
そのあとすぐに「じゃ、明日」とだけ返って来たから、どうやら悪ふざけではないらしい。
少し気になったが、再び布団の中に潜れば、自然と睡魔はやってきた。
考えることは止めておいて、俺はとりあえず明日に備えて眠ることにした。

携帯の時計は5時きっかり。それでも俺を呼び出した人物は現れなかった。
マフラーを鼻先まで引っ張りながら寒さに耐える。
吐く息はしろい。この時期の早朝はよく冷えるのだ。
それをまだ4月に来たばかりのあいつが知っているのだろうか。

「陽介」

振り返ると彼はのんびり坂を上っているところだった。
鼻の頭が少しあかい。ここまで来るのに冷えたのだろう。
ひらひら優雅に手を振りながらその表情は上機嫌のそれだった。
俺は寒い中待たされたことに少しだけ苛立ち、眉間にシワを寄せる。

「さみぃし、ねみぃよ」
「ごめん、こんな早く来てくれるとは思わなくて」

どうやら上機嫌の理由はそこらしい。笑う顔はへにゃりと緩んでいる。
いつもの貼り付けた愛想笑いより、この時折見られる緩んだ笑顔のほうがずっといい。
その笑顔と差し出されたホットレモンに免じて遅刻については許してやることにした。

「つか、こんな時間にどうしたんだよ?」
「うん、屋上に行きたくて」

片手に怪しげな鍵をちらつかせながら彼は楽しそうに笑う。
それは先ほどの笑みよりも随分と悪い顔をしていた。

「陽介と密会」

何を言うかと思えばこんなことを言う。
ほんとにお前って残念だよな。そう思ったけど口には出さなかった。
相変わらず機嫌のよさそうな背中に黙ってついていきながら、
マフラーの中では頬が赤くなっていたのは内緒だ。そういうのは女の子にしろよ!

怪しげな鍵はどうやら教員用の玄関の鍵だった。
盗ってきたのかと思いひとりで慌てていると、
「楽器の練習がしたいって言ったら特別に貸してくれたんだ」などと言う。
さすがは学年トップ。先生の信頼度が違う。

早朝の学校はしんと静まり返っている。
建物の中とはいえ暖房がまだ入っていないため温度は外と大して変わらない。
俺はぬるくなってきたホットレモンを握りしめながらさむいさむいと連呼した。
いつもは学生たちで賑わっている校舎も今は俺と彼の二人だけ。
そんな珍しいシチュエーションにちょっとだけ好奇心がざわついた。
そんな俺のきらきらした顔に気付いたのか彼が釘を差した。

「なんかあったら俺が怒られるんだからな」

ぺちりと額を叩かれる。痛くはなかったが俺は不満げに彼を睨む。
そんな俺を見て、ふっと零れるように笑った顔がすごく、大人びていた。
時々彼はこうやって、びっくりするほど子どもっぽくない表情をする。
皆の頼れるリーダーで、落ち着いていて、お前いくつだよって思う時もある。
でも小学生みたいな馬鹿らしいことで俺以上にはしゃぐこともある。
その顔を見て、俺はいつも何か、言うべきことがあるような、そんな気になる。
だけどそれを思い出すよりも早く、彼は俺から目を逸らしてしまう。

「じゃあ俺、楽器取ってくるから先に屋上行ってて」
「えっ、あぁ、わかった」

本当に楽器の練習するのかとかなんで屋上なのかとか、
質問する前に足早に彼は去っていった。段々小さくなっていく階段を上る音を聞く。
やがて訪れた静寂に、寒さとは違う冷たさを背筋に感じた。
俺はそれを振り切るようにして階段を駆け上り、屋上へと急いだ。

時刻は5時30分を過ぎたところ。だんだん空が明るくなってくる。
夏であればおそらく陽は昇っていただろうけれど、今時期はもうすこしかかるようだ。
暗い空には星が少しだけ生きている。輝きには程遠い、か細い明かりを示している。
屋上のいつもの場所、弁当を食べているところに腰掛ける。
冷たい朝の空気が屋上へと吹き抜ける。寒いけれど、新鮮な風だった。

「うわ、さみぃ」

楽器を片手に持ちながら、寒そうに身を縮めてやってきた。
ふうふう楽器に息を吹き込んでいる。冷たいと音が出づらいから温めているらしい。
俺は楽器なんて中学の時にちょっとだけギターに触らせて貰っただけで、
音楽の授業以外ではちっとも縁がない。文化部に入ろうとも思わなかった。
聞けば彼もそのようで、吹奏楽部に入って初めてこういう楽器に触ったらしい。
まだ入部して半年とかそこらだが、素人の俺から見れば十分演奏できている。
勉強も出来て運動部にも所属していて、本人は器用貧乏なだけだと言うけれど。
俺はちょっと嫉妬しながらも、そんな親友のことを尊敬している。

「で、何でまたこんな朝っぱらから呼び出したんだ?」
「・・・この前、菜々子がさ、授業で習った星座が見たいって言って」
「星座?」
「そう、で、堂島さんと三人でその辺の空き地で空を見たんだけど」

横顔がまだ薄暗い空を見上げた。続いて見上げると先程よりも数の減った星が見える。
これが何かの星座の一部なのかもしれないが、俺には全くわからなかった。
昔の試験範囲で学んだ気もしたが、それがいつの試験だったのかすら思い出せない。
急に黙り込んでしまった彼なら知っているかもしれないが、彼は口を開かない。
ちらりと横顔を盗み見ると、彼はぼんやりとした目つきで空を眺めていた。
白い息が口から零れている。こういうの顔の彼は、何だか読めなくて、不安になる。

「やっぱ違うな、前に居たとこじゃ星なんて見れなかったのに」

それは今見ている空なのか、菜々子ちゃんたちと一緒に見た空なのか。
どちらかはわからなかったけれど、満足そうに笑っていたから、俺もつられて笑った。
空の星がひとつ、またひとつと姿を隠していく。消えるのではなく、隠れるだけだ。
また今夜見上げれば同じような顔をして瞬いているのであろう。
何も変わらない日常に飽き飽きしていた頃の俺には考えられないかもしれないが、
今はそんな平和な毎日を噛み締めながら生きるのもいいかもしれないと思えた。

「あと、誰かと空なんて見上げたことなかったから」

その言葉が俺を呼ぶようにして呟かれたから、反射的に顔をそちらに向ける。
するとまるでこうなるのをずっと待っていたかのように俺を見ていた瞳と目が合う。
吸いこまれそうなほど真っ直ぐな意思のつよい、瞳が。唐突に好きだとおもった。

「星は見れたし、朝焼けが見たくてさ。今度は陽介と」

立ち上がったその動作に目を奪われていて、朝日が昇っていたことに気付かなかった。
ぴんと伸びた背中が太陽の光を浴びている。楽器は光を反射させて眩しく輝く。
俺の視線に気付いた彼は、先程とは違う悪戯っ子みたいな顔で笑う。
本当に今日は随分と上機嫌みたいで、くるくるとよく笑っている。
それを見ていれば、自然と笑顔になれた。気付けば理由のわからない不安は消えていた。
だからその喜びが俺にも伝染したせいだろう、あいつからのキスを黙って受け入れたのは。
本当なら学校でとか、例え誰も居なくても許さないんだからな。
作品名:君の隣で 作家名:しつ