いつでもいっしょ。どこでもいっしょ。
吹き荒ぶ、白い華。
視界を埋め尽くす、白、白、白。一寸先さえ危ういような中、感覚の無い足で雪原を歩いていた。
ぼぅっ、と麻痺した頭が、目的だとか、理由だとか、そうした大事な物を覆い隠してしまって、それでも、ただ只管、行かなければならない、という思いだけで一心に動かし続けた足だったが、限界が来た。
フラリ、と倒れこむ身体、動かない手足。それらを客観的に見詰め、あぁ、ここで果てるのか、と思った。
ゆるりと諦観して閉じた眼差しの先にあったのが、奇跡とは言い難い偶然だったことにも気付かずに。
そうして目が覚めると、僕を覗き込む見知らぬ人間の顔を認識した。
そう、ここは自らがあの吹雪く悪天候の中目指した場所であり、その人物こそ、僕を呼んだ張本人だ。
ムクリ、と身体を起こすと、その人物、村長は、ここがとある村で今寝ている場所が僕の家になるのだと教えてくれた。
僕は中級のハンター。この村の長からの依頼を受け、村を護衛しに来たのである。
衣食住の保証付き、保証が付かないのは自分の命位なものだ。三度の飯より非日常が好きで、自分の命も大切だけれどそれ以上に異常や奇異に心をときめかせる僕には些細な問題でしか無い。それに、もっと言ってしまえば、世の中、お金がものを言う訳で、つまり危険が伴う仕事は比例して金払いも良いんだ。
こうして無事ハンター登録を終え、正式に僕は村抱えのハンターとなった、訳だけれど。
「っ、テメェ、臨也ァ!邪魔なんだよ空気が汚れんだろ俺とご主人の半径100km範囲に入ってくんな!!」
「はぁ、馬鹿じゃないの、シズちゃん。この家の狭さを考えて言ってよ。大体そういうならシズちゃんが出て行けば良いじゃない。帝人君には俺が居るから全然問題無いし。」
我が物顔で人様の家を闊歩する、のはまだ良いが、家主以上に大声を張り上げて罵り合う彼等は、静雄君と臨也君と言って、村長からプレゼントされた、お供アイルーである。
レモン色の鮮やかな毛がふわふわと揺れるのが静雄君で、漆黒の美しい毛並みが艶めいているのが臨也君だ。
なんでも、この村では全部で24匹のアイルーが雇えるらしいのだが、最初の2匹は、歓迎の意を込めてプレゼントするのが習わしらしい。
勿論、ある程度の強さやスキルを兼ね備えたアイルーが数匹揃えられており、その中から好きなコを選べば良いのだけれど、僕の場合は違った。
『まぁ、あの2匹がハンター、いえ、人間に興味を持つなんて!』
ハイスペックながら、大変扱いが難しいコ達らしく、中々貰い手が付かない、どころか主人を選ぶような不遜なアイルー達らしく、養育場でも手を拱いていたそうなのだけれど。
何がどうしてそうなったのか、僕が通りかかった瞬間、それまで怠惰に寝転がっていた2匹がピクリと反応した。
うえに、連れて行ってくれとせがまれ、持て余していた飼育員からいい笑顔で問答無用に引き渡された。選択権はこちらにあるのではなかったのか。
それだけなら、まだ良かった。しかし、更に事態をややこしくするのが、この2匹の仲の悪さである。
犬猿の仲、どころの騒ぎではない。今は家の中なので制約を付けているから大人しいが、これが一度外に出てしまえば、一瞬でそこが戦場に変わる。
狩猟に出掛けでもしたら、それこそ2匹の本領発揮の場だ。
基本的にスキルや基礎値は高いのだし、仕事もきちんとこなしてはくれるのだけれど。
互いが互いの足を引っ張るだけに飽き足らず、ふとした瞬間に相手を狙って攻撃を仕掛けるような2匹だ。
それに巻き込まれて、危うく怪我をしそうになったことだって1度や2度じゃない。
兎にも角にも、仲良くしろ、とまではいかないから、仕事中は相手の邪魔をしないでいて貰えないか、と思うのは雇用主として間違ってはいない筈だ。
幸い、雇った経緯が経緯なので、僕に懐いてはくれている。否、幸いというか、寧ろそれこそが互いの嫌悪感情に拍車を掛けている気がするのだが。
「あぁ、はいはい。貴方達、そこまでにしておいて下さいね。」
取り敢えず、これ以上続けられると騒音で訴えられかねないので間に割って入って止めてみる。
すると、言い争っていた2匹がピタリと口を噤み、その視線がこちらを捉えたかと思えば、突然身体が後方に傾いだ。
「っ、は?」
グラリ、と揺れた身体は、強かに背を打つ形で地面に激突する。
原因など言わずもがな、2匹が僕に飛びついたせいだ。
「だって、帝人君。シズちゃんが俺を苛めるんだよ、酷いと思わない?」
ルビーの瞳が悲しげに潤めば(演技だと分かっているけれど)。
「気色悪ぃこと言ってんじゃねぇ!テメェがんなたまかよ!それとちゃんとご主人って呼べよ!ご主人、アイツが喧嘩売ってくんのが悪ぃんだ。」
琥珀色の瞳が拗ねたように眇められる(こちらは素のままだ)。
僕としてはどちらももう家族としては大切な存在なので、どちらかを贔屓するつもりもなければ、蔑ろにするつもりもない。それが彼等には不満らしいけれど。
僕は心の中で小さく溜息を吐くと、僕の腹の上で火花を散らしている彼等の頭を撫でる。途端に気持ち良さそうに顔を緩める彼等は、こうしていると本当に可愛い。常に憤怒や嘲笑といった表情をしているのが惜しいと思える程に。
「喧嘩両成敗、ですよ。今日は一緒に寝てあげますから、それで機嫌を直してくれませんか?」
夕飯の支度も出来ません、そういうと、数瞬互いに目配せして嫌そうに口を尖らせていたけれど、渋々、頷いた。
「分かったよ。じゃあ、帝人君と一緒にお風呂入るのも付けて妥協するよ。」
「ふざけんな!ごっ、ご主人、俺、今日の夕飯、ハンバーグが食べたい。あっ、あとケーキ。」
余計な注文が付いたが、ここで突っぱねるとごねられて1日の予定が台無しになりそうな気がしたので、こちらが妥協してやった。
「あぁ、はい、分かりました。分かりましたから、貴方達はトレーニングに戻って下さい。」
僕の言葉に嬉しそうな顔をして走り去って行く(ここでもやはり口喧嘩していた)後ろ姿を見送って、キッチンへと足を向けた。
結局、1人用の狭いベッドに2匹を招くことが毎日の話になっていることに脱力感を覚えながら、それでもまぁ、良いか、と思ってしまう。
だって結局、それも1つの、非日常。
あっ、ハンバーグに玉葱が入るのだけれど、アイルーは食べても大丈夫なのだろうか、と思いながら、静雄君達なら問題ないだろうと、鼻唄を歌いつつ微塵切りに精を出した。
作品名:いつでもいっしょ。どこでもいっしょ。 作家名:Kake-rA