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気まぐれなきみは

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柔らかい陽射しが降り注いで、真冬のこの時期にしては今日は暖かい気候だった。
こんな日はたくさん来るんですよと、コンビニで買ったドライキャットフードを手に集まってきた猫をかわるがわる撫でている帝人を、静雄は手近なベンチに腰掛けて、見るともなしに眺めていた。
時々こんな風に餌を与えているらしい。にゃあと声を上げて寄ってくる猫たちに、帝人は手馴れた様子で少しずつ場所を離してはキャットフードを撒いている。
ふと、1匹の猫が静雄の膝に乗りあがって、その身体を丸めて寝てしまった。犬には怯えられることの多い静雄だが、なぜか猫にはこうして懐かれることが多い。
もっとも、触るのは怖いので好きにさせているのだが、それが猫には居心地がいいのだろう。こんな風に公園のベンチや街角でくつろいでいると、いつの間にか勝手に乗りあがって座布団代わりにされていたりする。
「いいなぁ、静雄さん…」
なにもしなくても寄ってくるんですね、と羨ましそうな顔を見せられるが、なにもしていないからこそ静雄にもどうしようもない。
キャットフードがなくなって、帝人は粉の付いた両手をズボンで払った。そうしてごく自然に隣に腰を下ろすと、撫でていいですかと、なぜか静雄に聞いてくる。自分に聞かれても困るが取り敢えず頷くと、帝人がぺたりと身体をくっつけて、膝の上の猫を愛おしそうに撫でた。
膝の上の猫も暖かいが、帝人も暖かい。子供体温というやつだろうか。
ふと、すぐそばにあるその黒い毛並みが気になって、出来るだけ優しい手つきでそれを撫でた。予想に違わない、柔らかな感触。さらさらと流れる毛並みを飽きずに撫でていると、くすくすと笑う子供の声が聞こえた。僕は猫じゃないですよ、と呟く声が耳に優しい。
「あ」
真っ白な猫が1匹、帝人の膝の上に飛び乗って頭をすりつけた。ふんふんと匂いを嗅ぎ、ごろりと丸くなって布地を舐める。
「さっきズボンで手を拭いちゃったから、匂いがするんでしょうね」
そう言って手を近づけると、今度はざらついた舌が帝人の手のひらを舐めた。
物怖じしない様子に、帝人がそっとその身体を抱き上げる。抱っこして、それでも嫌がる素振りを見せない猫に頬を寄せて柔らかな毛に顔をうずめると、小さな舌が帝人の鼻をぺろりと舐めた。途端に笑顔になった子供が、嬉しそうに猫の口に唇を寄せる。
そんなに好きなのか、と見れば、はにかんだように肩を竦めた。
「母親が猫嫌いで、野良猫とかも触らせてもらえなかったんですよ」
それでなくとも、田舎の猫はあまり人には懐かない。都会では、猫を飼えない人がこっそり餌をあげている所為かわりと人なつこい猫が多いのだが、それでも抱っこされるのは嫌がる猫が多いのだと言う。
「まあ、残飯ばっかり食ってるわけじゃねぇからな」
母親が嫌がるのももっともだ、と言うと、不思議そうな顔で帝人が首を傾げた。
「ネズミやトカゲって、都会にもいるんですかね」
「ネズミならでけぇのが繁華街にいるけどよ、…そいつらクモとかゴキブリも食うぞ?」
「……う」
その猫に口をくっつけた直後にいう言葉じゃない、と思いつつ、やや引きつった帝人の顔を見ると少しだけすっとした。なんだかよくわからないが、ちょっともやもやしていたのだ。
膝の上に乗っていた猫が伸びをして、木陰の方へと歩いていく。軽くなった重みと体温に名残りを惜しんでいると、くい、とシャツを引っ張られた。
ん?と隣を見ると、ずい、と寄ってきたものに唇を舐められる。ざらりとした感触と、目の前にある―――真っ白な顔。
「…キャットフードの匂いがする…」
「さっき食べたとこですもん、この子」
してやったり、と笑う子供を猫ごと引き寄せると、小さな塊がするりとその腕から抜け出した。空気読むなあこいつ、と感心しつつ、静雄は慌てる帝人の唇を塞ぐ。
「…キャットフードの味がします…」
「さっき移されたとこだからな」
別の味のキスがしてぇ、と笑うと、真っ赤な顔が悔しそうに静雄を睨んだ。
犬には嫌われて、猫には懐かれる。だったらこいつは猫だよなと、静雄は目の前の大きな黒猫に、もう一度キスをした。
 
 
 
 
作品名:気まぐれなきみは 作家名:坊。