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ノット・ロスト・ワールド

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※大学生設定です


いつだってベッドの上には漫画が数冊置いてあって、その上に服が散乱してた。机の上にはパソコン、そのまわりにはガムやら飴やらグミやらなにかしらお菓子がちらばっていて、そんで24型のテレビにはPS3が繋いである。床の上には男性ファッション誌とジャンプが積んであって、ゲームのケースが落ちていた。雑然としているくせに、妙にまとまってて、いつも甘い匂いがしていた。
7畳ぽっちの空間には丸井先輩という人のひととなりが、ぎゅっとつまっていて、そこは俺にとってたいへん落ち着く場所だったのだけど、しかしそれはもう昔の話になりつつある。今はもう、そんな先輩の形跡というのはきれいになくなっていて、ただ段ボールが5,6個つまれているだけだった。
殺風景になった部屋に、3月の、植物のにおいのような風がはいってくる。見えない、先輩の面影を消していくようでいやになったので、換気しとけって言われて開けた窓だったけど、閉めることにした。だって、なんだか知らないところにきたみたいだ。
おれは窓をしめてから、部屋の真ん中にもどって、さっき磨いたおかげで埃ひとつ落ちていないフローリングにねっころがった。ほっぺをくっつけるとひんやりしていた。ここには、ラグがひいてあったのに。丸井先輩の、むかしの髪の毛の色のような赤いラグ。

10日に部屋引き払うから、俺ん家においてるお前のもん、とりにこいよって電話がはいったのは3時間くらい前で、もうとっくに日はのぼりきっていたころだったのだけど、無駄に長い春休みにあやかって就職活動ってやつもそこそこ、朝までゲームしてた俺は、ぼんやりした頭でその声をきいていた。とりあえず生返事をして、電話をきって、顔を洗いに洗面所に向かう途中でようやくさっきの電話の意味を理解したのだ。
先輩が、あと2日でこの町から出ていくことを。


俺が先輩家に置いていたもんは、なんとか段ボール一箱におさまった。ユニクロのスウェット上下、Tシャツ5枚、ジーンズが2組、下着3組、漫画本8冊、赤いマグカップ、歯ブラシとシェーバー、DSのソフト2本、携帯充電器、使いかけのワックス、グリップテープ。
もっとあるもんだとおもっていたけど、意外にこんなもんだった。一緒に住んでいるわけじゃなかったけれど、俺は自分の家に帰るみたいに丸井先輩の家にお邪魔してたし、あっちも当たり前のように俺を迎え入れて、そんで飯くってゲームして、一緒のベッドで寝たりもした。そんな3年間。3年間にしては、段ボール一箱は少ないだろうか。もちろん半年に一回くらい、大々的な大掃除はしてたけれど。
自分のもんを詰めてから、先輩の荷造りを手伝って、それから掃除の手伝いもした。ひと段落ついたとき、先輩は小腹すいたからコンビニ行ってくるわっつって、出て行ったのだ。俺はさっき昼を食べたばっかで、そんなにお腹も減ってなかったから、ノリでいってらっしゃいっつったけど、今思えば一緒に行けばよかったなあ。この空間にひとりは、ちょっと辛い。まだ目覚めて数時間のくせに妙に眠たくなってきて、まぶたを閉じる。先輩はやく帰ってこねえかなあ。


「なーに寝てんだよ」

背中に痛みがはしって目が覚めた。おもたい瞼をあけたら丸井先輩がコンビニ袋片手に仁王立ちしていた。ふつうに起こしてくれたらいいのに、蹴ったな、このひと。

「おまえさっき起きたんじゃねーのかよ」
「・・・せいちょーきなんで」
「もう伸びねぇだろぃ」

笑いながら、先輩は床に座る。おれも起きあがって、ぼさぼさになった髪の毛をなでつけながら座る。コンビニ袋の中からでてきたものはペットボトルのお茶が2本と飴とガムとエクレアとシュークリームと肉まんが2つ。なんだこのチョイス。

「お前エクレアとシュークリームどっちがいい?」
「シュークリーム」
「ほい、あ、でもあったかいもんが先な、肉まん」
「・・・おれこんなに食えねっす」
「はー?!成人男性だろぃ、そんぐれー食えよ!」

そう言いながら先輩はまだ湯気がでている肉まんにかぶりつくので、おれもとりあえず肉まんにかぶりついた。もうそろそろ、これも食べ納めになるんだろうなあ。
肉まんはすこし水分を含んでしっとりしていた。

「せんぱい」
「ん?」
「明後日なんすよね、引っ越し」
「うん」
「ベッドとかねーけど、どうするんすか」
「え、おまえん家いく」

ごくん、と肉のかたまりが喉を滑り落ちた。

「え」
「え、ってなんだよ、え?なに都合わるい?」
「や、そんなことねえっすけど」

そんなことは、全然ないけれど。むしろ、あと2日先輩といれるのはうれしいもんだけど。だけどそのぶん反動を恐れてしまうきもちもあるのだ。10日の朝に、俺はちゃんとこの人を見送れるのだろうか。先輩はお茶をごきゅごきゅ飲んで、くちもとをパーカーの袖でぬぐった。

「じゃ、きょうの夜から行ってい?」
「いいっすけど」
「やった!あ、おれきょうシチューたべたいからシチューつくっていい?」
「いいっすけど・・・・え?もう夜ごはんのはなしですか」

肉まん食いながらよく夕飯のこと考えられるなあと思ううちに先輩はエクレアの袋をあけていた。ほんとよく食うなこのひと。

「けど俺ん家、いまポン酢しかねーから、スーパー行かなきゃだめっすよ」
「わかってるよ、つうかお前ん家の冷蔵庫ほんとひどすぎ。ちったあ自炊ってもんをしろよ」
「してますよ!」
「ラーメンとかだろぃ?それは自炊って言わねーの。今までは俺が食わしてたけど、春からはそうはいかねーんだからな」
「・・・わかってますよ」

わかっている。先輩のご飯が、もう簡単に食べられないことくらいこの部屋にいれば、いやってほどわかってしまう。もう簡単にご飯を食べられない、ゲームができない、一緒のベッドで眠ることができない。距離にしたら、わりかし近い方だろう。神奈川と、春から先輩は東京にいく。たったそれだけの、電車にしたら1時間とすこしあれば行ける距離。だけど、それは今の歩いて20分の距離からしたら、とても遠いのだ。
3月の別れは、何回も経験していたけれど、中学のときも、高校のときも、いつだって1年我慢したら追いつけた。でも、もう完全に違う道にいくのだ。追いつけやしないところに先輩は行ってしまうのだ。

「赤也」
「なんすか」

顔をあげたら、目の前に先輩のきれいな顔があってびっくりした。口元に、エクレアのチョコがついているのがみえたとおもえば口にかるくちゅうされて、もっとびっくりした。やっぱりこのひとは、甘い。

「2日間、いっしょにいよな」

できればそれ以降もずっといっしょにいたいけど、けどその2日間が、その先へと繋がるものになるのなら、決して無駄にはするまい、と思った。いなくなることばかり考えて過ごすのはやめよう、ただ2日間を全力で、このひとと過ごそう。それがたぶん、別々の人生にならないための一歩になるんだろう。

「・・・ブン太さん」
「ん」
「シュークリーム、食べていいっすよ」
作品名:ノット・ロスト・ワールド 作家名:萩子