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故郷

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えっ、自分の故郷ですか?
うーん・・・なんにもない農村でしたが、そういえば夏祭りの季節になると毎年決まって旅芸人っていうんですか?旅一座っていうんですか?その一行がやってきて芸をして見せたり、落語を披露したもんです。それが来るとお囃子や飴売りなんかが来て、毎年一座が来るのを心待ちにしていました。そういえば洟垂れ小僧だった頃は一座にくっついて行けば一年中、夢の中みたいな、楽しいばかりのお祭りみたいな毎日にどっぷり浸かって大人になれると思っていたもんでしたから、一座の年長の大人を見つけると俺を弟子にしてくれだの、連れてってくれだのせがんだもんです。どの村でも俺みたいな子供が沢山いてせがまれ慣れているんでしょう。大人たちはてんで相手にしてくれませんでしたけどね。自分はもうずっと帰郷なんてしていませんから、まだ一座が来ているのかは分かりませんが、でも多分、こんな時勢ですからもう来ていないんでしょうね。

そう言って笑った渡井は少し照れ臭そうに苦笑するように笑って、乱暴に花子の毛に手を突っ込んで、まるで近所の子供にでもするようにぐしゃぐしゃと花子の体中を撫で回し、花子がそれに喜ぶように甘えた声で鳴いた。

先日までの状況が嘘のように静まり返った夜だった。
海の上にいるというのは、こんなにも落ち着くものだったのか、と船にいる、海にいる、ということにひどく安堵している自分に気がつきなんとなく懐かしいような照れ臭いような青臭い気持ちになる。キスカからのあの奇跡の撤退から二日。たった二日だというのに、あの氷の大地がひどく遠いものに思われる。目の前に揺れる海はいかにも冷たく、底の見えない深海を抱いてどこまでも黒く水を湛えている。船に巨大な水の塊が絶えずぶつかり続ける水音が聞こえ、四千の兵士を乗せた船がギィギィと巨大な生き物のように鳴き、足元で花子がはっはっはっと舌を出している以外は静かなものだった。

「迫水大尉の故郷はどうですか?そういえば田舎はどの辺りなんでしょう?」


しゃがんで花子の腹を撫でながら渡井は顔だけ上げて目をわくわくとさせて俺に尋ねた。
もうすぐ日本だ。帰国が叶えば一度くらいは帰郷させてもらえるだろうか、なんて他愛もないささやかな希望話からお互いの田舎についての話になったのだから当然次は自分の話になるだろうに俺はまさか自分の話をする事になるとは思ってもなく、子供のように無邪気な渡井の好奇心の前に戸惑う。

「どうだろう。俺も似たような田舎だよ。だけど役所勤めの人間も多くいたような土地だから、そう農村地というわけでもないし、かといって都会だの町というわけでもない、中途半端な田舎だ」
「牛とじいさまばあさまと女子供しかいない農村地の自分からしたらそりゃ立派に町ですよ」
だって尋常小学校は隣町まで山を越えて通いましたからね、と笑った渡井の歯が白く月に反射するように輝いた。沢山の子供を引き連れて行軍するように歩く渡井がふっと脳裏に浮かんだ。きっと渡井なら近所の人気者だったに違いない。そういえば高等学校も近所にあったなぁ、と俺が漏らせば、そりゃ都会ですよ都会、とまた何が嬉しいのか渡井はにっと笑った。
「妙に機嫌が良いな。やはり本土に帰れるのは浮かれるか?」
「それもありますけど、俺、迫水さんの話なんて全然知りませんから、なんか、嬉しいんです」
“自分”でも“大尉”でもない渡井の言葉に首筋が熱くなった。


そういえば故郷の話などしたことがなかった。
故郷の話などすれば里心がつく、と口には出さなくともお互いが内心でそう考えているようで、いや、もしかしたら国へと帰ってしまえばこの関係が終わってしまうことを怖れていたのかもしれない。そんな事は俺だけの危惧かもしれない。帰国が叶えばまたすぐに別の戦場へと送られるだろう。そうなれば、俺と渡井はまるで別々の部隊に所属することになるだろうか。渡井だって、女がいる環境になれば、わざわざ好き好んで・・・


「俺、もっと迫水さんのことが知りたいです。どんな子供で、どんな遊びが好きで、どんなことをして大きくなったのか、全部、全部知りたいんです。俺、迫水さんの田舎だって見に行きたいくらいです。いえ、見に行きたいんです。迫水さんがどんな人生を歩んできたのか、俺、俺・・・全部知りたいんです。―――――こんなに青臭くて、俺、時々自分が厭になります」


花子の首根っこに顔を埋めた渡井の後頭部を見下ろして、俺は熱くなる首筋に気づかぬ振りをして、渡井と同じようにしゃがみ込んで花子の頭を撫でた。花子は何が嬉しいのか甘えるように鼻を鳴らし、それに渡井も顔を上げて俺と目を合わせた。


「まだ先の方が長いんだからな。俺の人生なんてこれから貴様にいくらでもやるさ。だから貴様の人生も俺に寄越せ」


渡井は夜目でも分かるほど目をぱちくりとさせ、あんぐりと無防備に口を開けた。自分の発言に、求婚みたいだな、と内心で苦笑してからすぐに同じように顔を熱くした。花子だけがそんな馬鹿な人間たちのやり取りなど知らぬ顔でハフハフと鼻を鳴らしていた。



船はもうすぐ本土へとたどり着く。





作品名:故郷 作家名:山田