薄紅色の儚い夢
同じだと思っていたものがある。
信じて疑わなかったことがある。
ワシには、もう一人のワシがいる。
名を、「陸奥」と言う。
人間で言うところの、弟というやつだろうか。人間は、度々ワシらをきょうだいと称した。
自分の分身。
形を分けた同型艦。
それは、血を分けたとも言える唯一の存在だった。
だからこそ。
それは、自分と共に歩いていくものだと思っていた。
自分と同じものを目指すのだと思っていた。
それを。
信じて疑わなかった。
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「…どう思う?」
「……それをまた、ユーはワシに聞くのかい?」
視線を向けると、隣の男は若干不服そうに頬を膨らませた。膝を抱えるその姿は、まるで大きな子供のようだ。
いや、実際子供なのだ。我々はまだそんな年月しか生きていない。
口を開けば、また陸奥の話。
それも予想どおりであるから、まあよしとしよう。
聞けば、あれから一応謝りには行ったらしい。行ったにも関わらずまた喧嘩になった一部始終を、長門はぼそぼそとワシに語った。
「…とりあえず、お主が陸奥のことを好きなのはよーく分かった」
「は!?…す!?」
長門は、素っ頓狂な声を上げて、口をぱくぱくさせた。
軍艦としての普段では、決して見せない顔。
陸奥が絡むときだけ、長門はその外見に見合った顔をした。
ワシがこの立ち位置を好むのは、長門のこの顔が好きだからだ。
「お主が陸奥に執着するのは、ガンコオヤジの意地のようなものだと思っていたのだが…」
そうかそうか。
明後日の方向を見ながら呟いていると、なんだそれは!という文句が放たれてきた。
舵を右舷に展開して回避。
する、真似事をした。
「単に自分色に染まらせられなくて、やきもきしていただけということじゃろう?」
男の色恋沙汰は醜いぞ。
そう付け加えた。
「染まらせるも何も、あれはワシの同型艦だ」
「じゃが、同型だからといって自分と同じになるわけではあるまい?」
その言葉に、長門が眉をしかめた。
苦笑する。言われたくない言葉と分かって、あえて口にした。
そうなのだ。陸奥はもう、長門とは全く違う考えを持って歩き始めている。
長門と陸奥は違う。“個”が異なる以上、進む道もその終着点も異なる。それは、人格がある以上至極当たり前のことなのだ。
それに、今気付いたというだけの話だ。
「…陸奥が言うのは…」
歯切れ悪く、声が落ちる。
目線を彷徨わせて。次の言葉を探す長門を、黙って見守った。
「…あやつの主張は、一部の軍縮論や非武装論にほだされたか。ワシへの当て付けなのだと思っておったんだ。……だから、どうにかして陸奥を、元の航路に戻してやらねばならないと…」
“思っていた”は言えなかった。
自分が、余りにも浅はかに思えたからだ。
自分の中の正しさは、いつも誰かに与えられたものだった。
自分は“戦艦”
戦うために生まれた、この国を背負う者。
この国を豊かにするために。この国を守るために。自分は存在し、その先を歩いていく。
それが、自分の中の疑いようのない理念。
だから陸奥の言葉は。あんなものは、一時の気の迷いだと。軽く見ていた。
けれど、思い知らされた。
昨日の会話。
陸奥の理念には揺るぎがなかった。
陸奥は、本気だ。
「なぁ。金剛…」
遠い空。
先が見えない、どこまでも続く未来のようだ。
「…なんじゃ?」
春の風は、穏やかに髪を揺らした。
「陸奥の言うとおり…戦争は、無くなると思うか…?」
「…さあなぁ…」
薄紅色の花びらが、風に乗って落ちてくる。
枝を離れた花は、風に攫われて、そしていつか枯れていくのだ。
「…無くなるのなら、それにこしたことはないが」
決めるのは人間じゃろう?
そう自嘲したら、長門もため息混じりに苦笑した。
陸奥の理想。
鮮やかで、美しい夢。
この桜のような、儚い夢。
その夢は、きっとこない。