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ひどい話

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 夏休み最終日、ぴーぴーわめきながら自分の宿題を必死に写すその姿に泉はため息がひとつこぼれた。機嫌取りに買ってきたと思われるカップアイスはもう2つ目が空になるところだった。
「もしかして泉、オレの分のアイスも食った?」
「当然食っていいと思ってた」
「あとで食おうと思ってたのにっ……」
「お前にそういう暇あるわけ?」
「ないっす……」
 うなだれるように机に伏せってしまった浜田をアイスのへらで突くと、起き上がったついでに弱音を吐かれた。これ終わんねーよどうするよ、まだ10分の1 も進んでねーし。
 自業自得じゃねーの?冷たく返すと浜田は頭を垂れた。
 ……なんてひどい言い草だろう。あれだけ浜田のことを尊敬していたのに。
 泉は浜田と同じ中学で野球部に入った時から敬語を使っていた。ずっとタメ口をきかれていた可愛げのない幼なじみにそういうふうに態度を改められたからなのだろうか、慣れない敬語を使うと浜田は少し照れたような顔をした。
「泉、無理に敬語使わなくていいって」
「いや、先輩だ……すから」
 『だす』かよ!いったいオレはどこのお国の人なんだ。一気に顔が紅潮したのが自分自身でもよくわかった。浜田は声を出して軽く笑ったあと、目を細め泉を見た。
「これからまた、よろしくな」
 泉は、たとえばただの下級生へとは違ったその態度にすらちっぽけな優越感を持っていた。自分と頭ひとつ違う、グラウンドへ伸びた影ですら慕っていた。友達とよく「浜田先輩みたいにタッパがあればな」と話していたことを、悔しいことにまだ覚えている。それはまだ自分の身長が浜田に追いついていないからかもしれない。
 圧倒的に憧れる、オレらの、オレのエース。一緒に試合へ出たことは片手で足りるくらいしかないけれど、マウンドに立つ先輩の背中は何度も何度も思い返している。
「……っぎゃーー!!」
「わっ、な、なんだ!?びっくりしたぁ」
「うっせー!早く写し終われよバカ!」
 いろいろ思い出して居たたまれなくなった泉が乱暴にそう言い放つと、浜田はふたたびのそのそとシャーペンを動かし始めた。
 浜田先輩浜田先輩って、そりゃちょっと気持ち悪いくらいだったよ、オレは。
 本当のところ、泉は今だって浜田『先輩』と呼びたかった。でもそれは「もう先輩だとか思わなくていいから」と言った浜田の精一杯のプライドみたいなものを無視することになるんじゃないだろうか。
 ……昔の後輩に宿題を写させてなんて頼み込む時点で、こいつにはプライドなんてかけらもないのかもしれないのだけれど。
 こんちくしょうと頭を乗せたテーブルの上、浜田の右肘が忙しそうに滑っていた。
『肘が全部の原因じゃねーよ』
『オレが、オレ自身がホント取り返しのつかないくらいどうしようもないだけで』
 もう喋らないで、と強く願ったのが通じたのだろうか、あの時浜田はそれ以上何も語らなかった。
 確かに全部ではないのだろう。けれど大部分を占めているに違いない。だから、ただ憎かった。中途半端に動くことですら疎ましかった。0か10か、そういう幼稚な考えで先輩の肘を考える自分は、とても浅はかで鼻持ちならない。けれどオレの『先輩』を奪ったのはあの肘に他ならない。
(ひでー話だぜ)
 Tシャツから突き出た腕、焼けたその肌は決してグラウンドで日に照らされたからではないのだ。よく伸びた背も、しっかりとした肩も、もうあの頃のような働きはしないのだ。
 そう思ったら、急に壊したくて失くしたくて仕方なくなってしまった。
「いだっ!?いだだだだ!」
 突然刺すような痛みを感じ、浜田が腕を引き上げたそこ、右肘を泉ががぶりと噛んでいた。浜田は痛みに耐えつつ、昔テレビか何かで見たカツオの1本釣りを思い出してしまった。それくらい泉は自分の肘に喰らい付いていた。
「い、いずみ、離してくれー」
 泣き言を言ったら犬歯が強く突き刺さった。何をそんなに、と浜田が覗き込むと、泉は目に涙を溜めていた。呼吸をする泉の鼻をすする音がした。口がふさがっていて呼吸ができないからなのだろう。それでも泉は右肘を噛むことをやめず、浜田は一種の、執念じみたものを感じた。
「……ごめんな、泉」
 わかって欲しくなんてなかった。なにすんだよ、と突き放してくれたほうがまだマシだった。
 泉の意図を理解した浜田が神妙な声色で謝ったから、あふれた水滴ががぼろぼろと頬を落ちる。なぜならこの謝罪は、自分の望みが叶わないことに対するものだからだ。
「ごめん」
 とどめを刺された。
(ああ、ひどい、なんてひどい話なんだろう)
 泣いてもわめいても思い通りにならないことを浜田はよく知っていたので、しゃくりあげる泉の背中を静かにさすった。
 しかし泉もまた、理屈ではしっかりと理解していたのだった。過ぎていった1学期のあいだ、何度も何度も思い知らされたのだから。けれどとてもひどいことに、泉にはそれしか手段がなかった。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔へ、拭うようにと白いティッシュがかけられた。試合は終わった。結局、泉はもう壊れてしまったその肘に打ち勝つことはできなかったのだ。
作品名:ひどい話 作家名:さはら