【亜種】あかねこ書いてみた。
「マスター、行ってらっしゃーい!」
「行ってきまーす」
「アカイト、いろはちゃんと留守番しててね」
「うるせー。早く行け」
マスターとカイトが出掛けて、家には、俺といろはが残された。
「あー、やっと行ったー」
いろはが、顔に似合わないドスの利いた声で呟く。
「怖えーよ。お前、変わりすぎ」
「いやいや、アカイトさんには敵いませんわ」
「俺は悪代官か」
マスターとカイトの前では、やたらとかわいこぶるくせに。
何故か、俺と二人の時だけ、こいつは豹変する。
「まあそんなことより、こないだ録画しておいた映画見よ。カイトがいると、落ち着いて見れないから」
「ああ、あれか」
内容はどうということのないアクション物なのだが、カイトがいると一々反応して、落ち着かないことこの上ない。
リビングに戻って、テレビをつけた。リモコンをいじっていたら、キッチンからいろはの声がする。
「アカイトは何飲むのー?タバスコー?」
「殺す気か。麦茶でいい」
「じじくさっ!あれ、アイス残ってた。ラッキー」
「お前、麦茶バカにすんじゃねーぞ」
かちゃかちゃと音がして、いろはがお盆にコップと冷茶ポットを乗せてやってきた。
「はい、どうぞー」
「はい、どうもー。って、何でこんなものが」
わさびのチューブを指さすと、いろはは真顔で、
「茶菓子がなければ、わさびでいいじゃない」
「よくねーよ」
「辛い物がお好きだと聞いたので」
「お前が俺を嫌いなことは分かった」
ため息をついて、麦茶をコップに注ぐ。
カイトには、やたらと可愛い顔を見せるくせに。
やっぱりこいつも、「正規品」のほうがいいんだろう。
「いやいや、アカイト先輩大好きですよ。好き好き大好き超愛してる」
「そんな心のこもってない告白は、初めてだぜ」
「へー、告白されたことあるんだ。へー」
くそっ。いつか泣かせてやる
いろはがリモコンをいじって、映画がテレビに映し出される。
特徴的な主題歌が、映像とともに流れた。
歌が終わり、本編が始まった時、
「あたし、この歌好きだな。もう一回聞いていい?」
「どうぞ」
画面が切り替わった後、もう一度主題歌が流れ出す。
「これ歌いたいなー。マスターにお願いしてみようか」
「ああ、いいんじゃね?」
「アカイトの声に、合うと思うよ」
・・・・・・・・・・・・。
「別に、俺じゃなくてもいいだろ。カイトで」
「カイトのイメージじゃないし」
「マスターは、カイトに歌わせたいだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
いろはは、無言でリモコンをいじって、再度主題歌を流した。
「お前、何回聞くんだよ」
「アカイトが覚えるまで」
「はあ?」
「やば、アイスが溶けちゃう」
・・・・・・意味分かんねえ。
少し溶けかかったアイスを、無言で口に運ぶいろは。
時折、唇を舌で舐めるのが、妙に色っぽい。
横目で見ながら、気を逸らすものを探して、あることに気がついた。
「それ、カイトのじゃねーのかよ」
数日前、カイトが「マスターに買ってもらった!」と、しまりのない笑顔で自慢していたアイスに酷似している。
「あたしのだもん。ちゃんと名前が書いてある」
「何処に」
「ほれ」
カップをひっくり返すと、そこには「かいと」と書いてあった。
・・・・・・・・・・・・。
「『い』しかあってねーぞ、おい」
「は?」
改めて見返して、やっと自分の間違いに気づいたらしい。
「・・・・・・何故平仮名で」
「カイトに言え」
「先輩、一緒に謝ってくださいよ」
「嫌だね。俺は関係ねー」
「アイスあげるから」
「いらねーよ。俺はそんなもん食わねえ」
「へー」
「それより、いい加減本ぺ・・・んぐっ」
いきなり、口にスプーンをつっこまれる。
口の中に広がる、冷たくて甘い食感。
「おまっ!何すっ!!」
「あたしの前で意地張ってんじゃないわよ、バカ。本当は甘いものも好きで、こっそり食べてんじゃない。本当はこの曲が歌いたいし、マスターに自分のこと見て欲しいし、一緒に買い物に行きたかったんじゃない。したいことして欲しいこと、全部言えばいいじゃない。あの二人は鈍いから、はっきり言わないと分かんないんだよ」
「え、なっ」
混乱する頭で、必死に言い返そうとするが、どうしても言葉が出てこない。
その間も続く、淀みない言葉の洪水。
「亜種だから何?アカイトはアカイトでしょ。堂々としてなよ。甘いもの食べてても、マスターに乱暴な口利いて一人反省会してても、カイトばっかり構うって拗ねてても、あたしはアカイトのこと格好いいと思ってるし、アカイトのことが世界一好きだよ」
「はっ!?」
「あー!もー!めんどくさい!!」
襟元をつかまれ、ぐいっと引っ張られた。
そのまま、いろはが唇を重ねてくる。
柔らかな感触と、甘いバニラの香り。
・・・・・・っ!!
いろはの体を強く抱きしめ、舌を差し込んだ。
驚いたのか、いろはは一瞬身を堅くしたが、すぐに力を抜いて、こちらにもたれかかってくる。
「んっ・・・・・・ふぅ」
「好きだ、いろは」
言わないのはフェアじゃない気がして、唇を離して囁いた。
「ふぁ・・・・・・うん・・・・・・」
真っ赤になって頷く様子に、内心勝ったと思う。
マスターにもカイトにも見せない顔を、俺には見せる。
「何だ、可愛い顔出来るじゃないか。いつもそうしてりゃいいのに」
「え・・・・・・あ、だ、だって、それは、アカイトが」
「俺が?」
「『いろはは、大人っぽいほうが似合う』って言った」
は?
「そんなこと言ったか?」
「・・・・・・言ったもん。二人で留守番してた時。だ、だから」
いろはは、耳まで真っ赤になって、俺の胸に顔を埋めた。
「もしかして、今までの全部演技か」
「あー、うー、いえ、むしろ素に近い、です」
「何で敬語なんだよ」
「・・・・・・恥ずかしい」
消え入りそうな声で縮こまるいろはの頭を撫でながら、
「まあ、それならいい。お前も、俺の前で意地張ったり演技したりするんじゃねーぞ」
「・・・・・・うん」
「急に素直になったな、お前」
笑いながら、いろはを抱きしめる。
腕の中から、「アカイトのばかー」という、くぐもった声が聞こえた。
終わり
作品名:【亜種】あかねこ書いてみた。 作家名:シャオ