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青とワルツ

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 自分の部屋っていうものは2階にあってこそだ、と僕は思う。ドラマや漫画、ドラえもんの野比のび太ですら自室が2階にあるじゃないか。1階はいつも騒がしい、絶えず誰かがいるような感じがする。僕の部屋も含め、1階にあるすべての部屋は何らかの通り道である気がし、落ち着かない。
 しかし今となってはそれも好都合だ。通り道なのだから、誰にも気づかれず抜け出すのは2階からのそれより簡単。頬に当てていた温度がまだ残る携帯電話をポケットへ押し込み、寝たふりのつもりで部屋の明かりを消したら、何かの合図のように胸が高鳴る。閉めるふりで開けた窓から足を投げ出し、あらかじめ準備しておいた靴を履いたら準備は整った。
 僕のしている深夜の奇行に罪悪感がないとは言い切れない。門を閉じたときにした鈍い金属音が「お前それいいことだと思ってんの?」なんて訴えかけてくるけれど、道を急ぐにつれ微妙な感情も掻き消える。あいつとの距離が近くなる、時間が近くなる。
 もうすぐ会える。

 『会いたい』なんていうラブソングを僕はいつもどこか斜めに見ていた。真摯に歌い上げられる理由や原因に共感できず、やたらせつない声色はただ耳を通り過ぎる。やるべきことが手につかない、食べ物も喉を通らない、夜も眠れない、それほど誰かに会いたくなるってどういう気持ちなのだろう。自分の中には無い嵐のような感情を大して羨ましくも思わず、火の粉の飛んでこない所で対岸の火事を冷ややかに眺めていた。
 今こんなことをしている僕を、あの頃の自分が見たら笑うだろうか。
 会えるなら何でもいい。いつでもどこでも構わない。自分の好きな、自分を好きな相手の姿をただ確かめたい。不思議だ、そのためならどんな手段を選ばず必死になれる。いつから?……そんなのもうわからない。
 電話先のかすれた声が今日も僕をどうしようもない気持ちにさせる。こらえ性のない相手ならなおさらだ。冷静な分析で自分を棚に上げているけれど、本当は僕もすごく、すごく。
 歌詞も気持ちも今ならよくわかる。
 水谷に『会いたい』。

 待ち合わせ場所の薄暗い公園へたどり着いたのはいいものの、水谷の姿は見つからなかった。距離からしててっきり向こうの方が早く着くと思っていた僕は、走ることで上がってしまった呼吸をゆっくり整える。吸い込む空気は夜の湿気を帯び、どこか花のにおいがした。夜は平等に物の彩度を奪う。まわりのすべてが濃淡で統一され、足元の深い紺が花だと気づくのに数秒かかった。
 携帯電話を取り出して確かめてみるけれど、水谷からの連絡はない。公園の奥へと進みつつ、着信履歴の1番上を確かめる。その名前を見るだけでどこか優しい気持ちになれた。
『今日はもう遅いから無理だよ』
『つか明日会えんのに何言ってんだろ、オレ』
『……うん』
『困らせてごめん』
 しょげる水谷の姿が声色で容易に想像できたら、無性になんとかしてやりたい気持ちになってしまった。
『あっ』
『あ?』
『……あ、会おうよ』
 そのあとの嬉しいんだか驚いたんだかよくわからない声がまだ耳をくすぐる。素直な水谷に僕はどれだけ救われているだろう。通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
 すぐ後ろで電子音が響き、振り向いた先では水谷が携帯電話を片手に立ち尽くしていた。声をかけるより早く、水谷は僕に駆け寄り、その勢いのままきつく僕を抱きしめた。未だ鳴り続ける携帯の呼び出し音と、耳の後ろのあたりで繰り返す水谷の呼吸が変にシンクロしていた。多分僕と同じように走ってきたからなのだろう、寄せられた首筋は少し汗ばみ、水谷の匂いがした。それだけでふつふつと何かがこみ上げてくる。
 水谷の息が背中が徐々に本来のペースを取り戻してゆくのを、その腕の中でゆっくりと感じていた。不意に熱感が離れ、水谷は束縛を解いた。うつむいた水谷は何も言わない。携帯電話は鳴るのを止めてしまった。いつものようにへらへらと情けない顔でごめんと言うのだろう、僕は水谷の言葉を待った。
「手、邪魔」
 それだけ言うと、水谷はお互いの間でたたんでいた僕の腕を振り払い、僕のかたちを確かめるかのようにまた抱き寄せた。薄い胸がダイレクトに伝えてくる鼓動のリズムに合わせ、手に持っていた携帯電話がずるりと地へ落ちた。
 あまりの腕の強さに少し身をよじらせると、今度は身体を離し、強く肩を掴んだ水谷が心の準備をする間もなく僕の唇を捕らえた。伏せられた瞼は無心で、中へ中へと絡みこんでくる舌は貪欲で熱かった。
「は、」
 息継ぎをするほど甘く溶け出す理性のすみっこで、芝生へ落ちた携帯のことを思う。ぼんやり光るディスプレイが浮かび上がらせる小さな緑を頭に浮かべながら、僕もまた水谷へと手を伸ばした。
 夜が始まる。
作品名:青とワルツ 作家名:さはら