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これも愛でしょう

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どこまでも続く、レールのような舗装された道路の上を走る。車窓からは建造物
から溢れた人工の明かりが滲むように光り、一瞬姿を見せては消えていく。都市
は眠ることを知らない。その証拠に、絶えず滑走するタイヤの微かな摩擦音の中、
色や形がばらばらに並ぶ看板や電光掲示板に少し意識をしつつ、迷路のように
入り組む夜闇の高速を駆け抜ける車は少なくなかった。
「あーぁ・・・あの会長もうくたばっちゃえばいいのに」
懇意にしているグループの会長との会食帰りの車内で、実に不道徳なことを吐い
ては足を組み替える。その横で表情一つ変えずにハンドルを握るカタシロは眉を
しかめるなりヘッドを一瞥する。
「・・・そのような不謹慎な発言は慎んでください」
ヘッドはすっかりシャツのボタンを三つと、ジャケットの前を開いてだらしなく
している。普段は暑苦しいという理由でスーツを着用せず、社員の前に出ること
もないので、人前に出ざるを得ない時にそれ相応の恰好をさせるのも一苦労だっ
た。全く、我が儘な社長だとつくづく思う。
「だってつまらない話ばっかりするんだよ。用事だけ済ませて帰りたいのにさ・
 ・・・あぁ、思い出したら余計疲れてきた。まだつかないの?」
「まだです」
「もっと飛ばせるなら飛ばしてよ」
「無理です」
心底つまらなそうな顔でドアの取っ手の上に肘をつくなりじろりと見られる。こ
れでもヘッドが直に出向かなければならない機会は最低限にするようにしていた。
社長のくせにかなり出不精なところは身に染みて分かっている。ただずっと籠
っているという訳には勿論いかない。新規に手を結ぶ時や、今日のように懇意に
している先方の要望であった時は出てもらわないといけない。ごく稀に自社主催
のパーティーに出たり、こっそり社内から抜け出して水面下に動いていたりする
が、それ以外はずっと室内に籠っている。一人で出歩いたことが原因で、騒動に
巻き込まれることもないとは言えないので、度々注意しているが聞こうとしなか
った。けれどこんなに我が儘で、表に出る仕事は殆ど押しつけてくるのに、いざ
という時は社長の顔をする。詐欺師めいた駆け引きに長けた頭脳と人心掌握術と
いう名の武器を手の中に忍び込ませて、笑顔を張りつけたまま隙を狙うヘッドを
後ろから見ていると、随分彼が遠くにいるような錯覚を覚えた。人間離れしてい
る。こういうものを天賦の才というのか。抱く感情は尊ぶというよりは畏怖だ。
底がないという不安と、だからこその不思議な、好奇心を揺さぶられる何かによ
って惹きつけられて止まないのだ。きっと物珍しかっただけだろうと最初は思っ
たが、どうやらそうではないらしい。今だって、惹きつけられたままなのだから。
「リョウちゃんはいつだって即答だよね。・・・あ、気持ちいい」
昔からの二人になった時の呼び方で呼ぶなり、半分にいくかいかないくらいのと
ころまで窓を開けた。塵や排ガスで汚れ切った冷たい風が入り込んでくる。水底
に沈んだ亡き都市の幻影を浮かび上がったかのように、反射して川に映るマンシ
ョンの群れを眺めた。いきなり冷たい風が車内に流れ込んできて驚いたのか、避
けるように目を僅かにしかめるようにしたカタシロを見たら笑いが溢れた。
「ふふ、本当見てて面白いな。飽きないよ」
「・・・・俺のことをそんな風に言うのはお前くらいだ」
面白い、と言われても受け入れられないらしく、どこか困ったような顔をするの
を見てちょっとした苛虐心がくすぐられた。気紛れに買ってポケットに入れっぱ
なしだった煙草とライターを取り出す。おもむろに一本抜いて、安っぽい、歩道
に使いきった状態で捨てられていそうなライターで火をつけると、申し訳程度の
青い火がついた。それをカタシロは珍しそうに横目で見る。事実ヘッドが煙草を
吸うのはとても珍しかった。単に気紛れに吸っているだけだろうと、正面を向い
た瞬間煙草の煙がむわっと吹きかかって噎せた。
「・・・っかは、っい、いきなり何するんだレイジ・・・っ」
生理的に出てきた涙を片手で軽く拭う。ヘッドは煙草を車の簡易灰皿に押しつけ
た。自分次第で様々な顔を見せる彼を見て、余りにも予想通りの反応をするもの
だからつい笑ってしまう。普段仏頂面の彼が秘めた様々な表情は二人きりになら
ないと見られなかった。そう思うと満足することが、何よりも彼への執着の証に
なっている気がする。
「ごめんごめん。からかいがいがあるから、つい。・・・好きなものほど苛めた
 くなるのもあるかな」
煙草の箱とライターをポケットに戻す。本当は煙草はあまり得意ではなかった。
少し喉がいがいがする。カタシロはハンドルをかろうじて握りながら、不適な笑
みと何気なく囁かれた言葉のせいで内心浮わついてしまっていた。ヘッドの顔を
見られる気がしない。このままだと降りる場所を通り過ぎてしまいそうだった。
あと少しで着くというのに、何とか冷静になろうと葛藤しているせいか短いはず
の距離も長く感じてしまった。頭を空にしてハンドルを握り、運転にだけ集中し
ようとすると観察するように視線を送られてくすぐったかった。
「・・・・ふふ、可愛いなぁ」
カタシロが真っ直ぐ顔を見られないことを知っているのか、正面のミラーを媒介
にして流し目を送ると、周りの電灯にほんのり照らされて見えた顔は僅かに朱に
染まっていた。可愛いとか、好きだとか言われると何も口をついて出なくなって
しまう。行為で示すことも上手くできない。こんな、執着してもどうしようもな
い自分に恋愛感情を抱くなんて変わっていると思う。からかっているだけで、本
当は全部嘘なのかもしれない。けれど今二人きりでいることは確かだ。それで充
分だった。
「あっ」
少しの間無言で、不思議な充実感に浸されていると、ヘッドが窓を見遣っては小
さく声を上げた。
「・・・もしかして」
我に返って思い浮かべたことはそのまま答えであったらしい。ヘッドは悪戯っぽ
く笑った。
「過ぎちゃったね。・・・でもこのまま走ってるのも、いいか」
「・・・そうだな」
互いに小さく笑い合う。どこまでも都市を包囲するように曲がりくねって伸びる
、電飾の海を駆ける地上の銀河を、いつもより少し長く旅をしていた。
作品名:これも愛でしょう 作家名:豚なすび