鉄の棺 石の骸番外3~鉄は熱いうちに打て~
――今朝からずっと、アーククレイドル内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
仲間の一人が、心身ともに消耗して倒れてしまったのだ。こんなことは、人類がたった四人になってからは日常茶飯事だった。四人とも、老い先短い老人の身だ。
大抵はZ-oneがぶっ倒れ、他三名に抱えられて毎回手厚い看護を受けている。しかし、今日はまた違った珍しい光景がアーククレイドルの一室で繰り広げられていた。
『20xx年xx月xx日、今日も曇。午前七時三十八分、アーククレイドル談話室にて。Z-oneとアンチノミーに説教』
「だから、私は常々言っているだろう! その頭はハリボテなのか、そうなのか!?」
「……あ、はい……」
「返す言葉もございません……」
パラドックスの眼前で、事態を引き起こした張本人たち、Z-oneとアンチノミーが床に正座をしてパラドックスの説教を受け止めている。
パラドックスの怒声が、彼曰く「遊星バカ」二人に容赦なく降り積もる。遊星のためなら手段を選ばない二人も、今回は珍しくしゅんとなっていた。滅亡の日の大爆発で地球環境が劣悪になってさえいなかったとしたら、恐らく明日は雨が降る。
すぐ近くには、アポリアが目を回して床に仰向けになって倒れている。彼にタオルケット代りのパラドックスの白衣がかけられているのは、パラドックスなりの仲間への優しさだ。
「この世に同好の士が君たち二人しかおらず、あとは私とアポリアしかいないことは、私もよく知っているがね! 何もアポリアがオーバーヒートするまで、一晩中ノンストップで一気に語り続けることはないだろう!」
「遊星語録、64巻までくらいなら、アポリアにも取っつきやすいと思ったんだよ……」
アンチノミーが、何とかパラドックスに取り成そうと言い訳を始める。
「遊星語録は、遊星ファンが、不動遊星の何たるかを知るのに一番手っ取り早く覚えられる、基礎的な教科書なんですよ」
Z-oneが何故か得意げなのは、多分気のせいではない。
彼らの言い訳は、パラドックスの怒りに油を注ぐ行為だった。パラドックスは、いいから黙れ、と声色低くそれらを遮り、ファン共二人に冷たく言い渡した。
「君たちの言い訳は聞き飽きた。もういい。――明日、午前七時三十分、朝食後までに、一人当たり原稿用紙二十枚! この件について反省レポートを作成して私に提出したまえ」
「ええっ、二十枚も!? そんな酷い」
「酷いのはどっちだ。こんな非人道的行為をアポリアにしておいて」
「あの、私、明日、食事当番なのですが……」
「手書きで提出せよと言ってる訳ではないから、明日の朝食前には仕上がるはずだがね! せめて今日の夕食当番くらいは免除してやろう!」
提出日厳守。出来が悪ければ再提出、合格しない限り、遊星ファンクラブ活動は全面的に禁止する。
「自分なりのアポリアへの反省の意を、存分にレポートで表すことだ。再提出が嫌ならな。――以上!」
「はい……」
「分かったよ……」
――何でもいいから、早く自分をベッドにでも運んで欲しい。倒れたまま放置されるのはどうも恥ずかしい。
焦点の合っていない虚ろな目のまま、アポリアはおぼろげにつかんでいた意識をあっさり手放した。
『20xx年xx月xx日、午前十一時五分、アポリア自室にて。意識不明のアポリアを看護中。ついでに読みかけの小説も片づける』
アポリアが自室のベッドで目を覚ました時、パラドックスは傍に椅子を持ち込んで座っていた。どうやらアポリアの看病をするつもりのようだ。
……視線がとことん情報端末に向けられているのだが、本当に看護するつもりがあるのだろうか。
ページを何度か繰り、パラドックスはようやくアポリアに気がついた。
「ああ、起きたのかね」
「五分前にはな」
パラドックスは端末をサイドテーブルに置くと、替えの濡れタオルをアポリアの額に乗せてくれた。
「大体、奴らに付き合う君も君だ。あれらは若かりし日からの筋金入りのファンなのだぞ。そんなのに対抗して、老い先短い身で頭に多大な情報を叩きこもうだなんて、寿命が何年あっても足りんぞ」
「私でも、何とかなると思っていたんだ……つくづく無謀だった……」
「無謀だと分かったのなら、金輪際奴らに張り合うのは止したまえ。もし、君が死んでしまったら私はどうすればいいのだ……」
「パラドックス」
心配してくれるのかと感動しかけたアポリアだったが、
「私があの遊星バカどもと一緒に、命尽きるまで付き合うことになるのだぞ?」
訂正。やはりパラドックスはパラドックスだった。
「年季が違おうが、我らは仲間だ。無理をして張り合わずともよいのだぞ」
「張り合い……いや、それは違うのかも知れんな」
同意しかけて、アポリアはそれを否定した。
「何、そうなのか?」
「嬉しいのだ、私は。またこうして人間らしく誰かと話せることが」
かつてアポリアは、両親を失い、恋人を失い、その他大勢すらもほとんど失ってしまった。当て所なく地上を彷徨い、Z-oneたちと合流したのは年老いてしまってからのことだ。まともに喋らなくなって何年もブランクがあったので、順序だって喋れるようになるまでに、更に数年を要したが。
「私はれっきとした言葉を知っているのに、それに答えてくれる存在は、誰一人、一匹としていなかった。ただひたすら、宙に向かって喋り続けるのはとても寂しい。だから、私は誰かと喋りたいのだ」
「なるほどな……気持ちは分からなくもない。私はどちらかというと、聞き手の方だが」
ああでも、とアポリアは遠い目をした。
「さっき、死んだはずの私の恋人が、見たことない川の向こうで、おいでおいでと手招きしていたんだ……」
「……危なかったな、本当に」
「いつ見ても、綺麗な人だった……」
「恋人か。――恋とか愛とか高尚な代物、私は知らないな」
「もったいないな。あれはいいものだぞ。知らなきゃ人生の半分を損している。今度その時の話でもじっくり君に聞かせてやりたい」
「機会があったらな」
『20xx年xx月xx日、相変わらず曇。午前七時二十九分、アポリアの件についてのレポートをZ-oneとアンチノミーから受け取る』
「――よし。枚数はぴったり、内容も合格範囲内だな。よろしい、二人とも合格とする」
「あー、よかったぁ……」
「あと一分遅れていたら、どうなっていたことか……」
Z-oneとアンチノミーは、提出期限ぎりぎりに昨日の反省レポートを提出した。よほど無理をしたのか、アンチノミーに至っては半死半生の体になっている。
今日の食事当番はZ-oneだ。Z-oneは彼用のエプロン(ふりふりのフリル付き)を装備して、キッチンに向かおうとしている。あの仮面の上から三角巾を着けているので、ミスマッチ通り越して返ってかわいらしい。
「Z-one。アポリア用に御粥を一人分頼む。昨日の今日だ、まだ身体が回復していないだろう」
「はい」
パラドックスは、先ほどZ-oneたちから受け取ったレポートを軽く振ってにやりと笑った。
「私はこれから、アポリアのところに行って、君たちの反省の意を枕元にて朗読してくる。さぞかし、彼も喜んでくれるだろう」
「……ぅえっ!?」
仲間の一人が、心身ともに消耗して倒れてしまったのだ。こんなことは、人類がたった四人になってからは日常茶飯事だった。四人とも、老い先短い老人の身だ。
大抵はZ-oneがぶっ倒れ、他三名に抱えられて毎回手厚い看護を受けている。しかし、今日はまた違った珍しい光景がアーククレイドルの一室で繰り広げられていた。
『20xx年xx月xx日、今日も曇。午前七時三十八分、アーククレイドル談話室にて。Z-oneとアンチノミーに説教』
「だから、私は常々言っているだろう! その頭はハリボテなのか、そうなのか!?」
「……あ、はい……」
「返す言葉もございません……」
パラドックスの眼前で、事態を引き起こした張本人たち、Z-oneとアンチノミーが床に正座をしてパラドックスの説教を受け止めている。
パラドックスの怒声が、彼曰く「遊星バカ」二人に容赦なく降り積もる。遊星のためなら手段を選ばない二人も、今回は珍しくしゅんとなっていた。滅亡の日の大爆発で地球環境が劣悪になってさえいなかったとしたら、恐らく明日は雨が降る。
すぐ近くには、アポリアが目を回して床に仰向けになって倒れている。彼にタオルケット代りのパラドックスの白衣がかけられているのは、パラドックスなりの仲間への優しさだ。
「この世に同好の士が君たち二人しかおらず、あとは私とアポリアしかいないことは、私もよく知っているがね! 何もアポリアがオーバーヒートするまで、一晩中ノンストップで一気に語り続けることはないだろう!」
「遊星語録、64巻までくらいなら、アポリアにも取っつきやすいと思ったんだよ……」
アンチノミーが、何とかパラドックスに取り成そうと言い訳を始める。
「遊星語録は、遊星ファンが、不動遊星の何たるかを知るのに一番手っ取り早く覚えられる、基礎的な教科書なんですよ」
Z-oneが何故か得意げなのは、多分気のせいではない。
彼らの言い訳は、パラドックスの怒りに油を注ぐ行為だった。パラドックスは、いいから黙れ、と声色低くそれらを遮り、ファン共二人に冷たく言い渡した。
「君たちの言い訳は聞き飽きた。もういい。――明日、午前七時三十分、朝食後までに、一人当たり原稿用紙二十枚! この件について反省レポートを作成して私に提出したまえ」
「ええっ、二十枚も!? そんな酷い」
「酷いのはどっちだ。こんな非人道的行為をアポリアにしておいて」
「あの、私、明日、食事当番なのですが……」
「手書きで提出せよと言ってる訳ではないから、明日の朝食前には仕上がるはずだがね! せめて今日の夕食当番くらいは免除してやろう!」
提出日厳守。出来が悪ければ再提出、合格しない限り、遊星ファンクラブ活動は全面的に禁止する。
「自分なりのアポリアへの反省の意を、存分にレポートで表すことだ。再提出が嫌ならな。――以上!」
「はい……」
「分かったよ……」
――何でもいいから、早く自分をベッドにでも運んで欲しい。倒れたまま放置されるのはどうも恥ずかしい。
焦点の合っていない虚ろな目のまま、アポリアはおぼろげにつかんでいた意識をあっさり手放した。
『20xx年xx月xx日、午前十一時五分、アポリア自室にて。意識不明のアポリアを看護中。ついでに読みかけの小説も片づける』
アポリアが自室のベッドで目を覚ました時、パラドックスは傍に椅子を持ち込んで座っていた。どうやらアポリアの看病をするつもりのようだ。
……視線がとことん情報端末に向けられているのだが、本当に看護するつもりがあるのだろうか。
ページを何度か繰り、パラドックスはようやくアポリアに気がついた。
「ああ、起きたのかね」
「五分前にはな」
パラドックスは端末をサイドテーブルに置くと、替えの濡れタオルをアポリアの額に乗せてくれた。
「大体、奴らに付き合う君も君だ。あれらは若かりし日からの筋金入りのファンなのだぞ。そんなのに対抗して、老い先短い身で頭に多大な情報を叩きこもうだなんて、寿命が何年あっても足りんぞ」
「私でも、何とかなると思っていたんだ……つくづく無謀だった……」
「無謀だと分かったのなら、金輪際奴らに張り合うのは止したまえ。もし、君が死んでしまったら私はどうすればいいのだ……」
「パラドックス」
心配してくれるのかと感動しかけたアポリアだったが、
「私があの遊星バカどもと一緒に、命尽きるまで付き合うことになるのだぞ?」
訂正。やはりパラドックスはパラドックスだった。
「年季が違おうが、我らは仲間だ。無理をして張り合わずともよいのだぞ」
「張り合い……いや、それは違うのかも知れんな」
同意しかけて、アポリアはそれを否定した。
「何、そうなのか?」
「嬉しいのだ、私は。またこうして人間らしく誰かと話せることが」
かつてアポリアは、両親を失い、恋人を失い、その他大勢すらもほとんど失ってしまった。当て所なく地上を彷徨い、Z-oneたちと合流したのは年老いてしまってからのことだ。まともに喋らなくなって何年もブランクがあったので、順序だって喋れるようになるまでに、更に数年を要したが。
「私はれっきとした言葉を知っているのに、それに答えてくれる存在は、誰一人、一匹としていなかった。ただひたすら、宙に向かって喋り続けるのはとても寂しい。だから、私は誰かと喋りたいのだ」
「なるほどな……気持ちは分からなくもない。私はどちらかというと、聞き手の方だが」
ああでも、とアポリアは遠い目をした。
「さっき、死んだはずの私の恋人が、見たことない川の向こうで、おいでおいでと手招きしていたんだ……」
「……危なかったな、本当に」
「いつ見ても、綺麗な人だった……」
「恋人か。――恋とか愛とか高尚な代物、私は知らないな」
「もったいないな。あれはいいものだぞ。知らなきゃ人生の半分を損している。今度その時の話でもじっくり君に聞かせてやりたい」
「機会があったらな」
『20xx年xx月xx日、相変わらず曇。午前七時二十九分、アポリアの件についてのレポートをZ-oneとアンチノミーから受け取る』
「――よし。枚数はぴったり、内容も合格範囲内だな。よろしい、二人とも合格とする」
「あー、よかったぁ……」
「あと一分遅れていたら、どうなっていたことか……」
Z-oneとアンチノミーは、提出期限ぎりぎりに昨日の反省レポートを提出した。よほど無理をしたのか、アンチノミーに至っては半死半生の体になっている。
今日の食事当番はZ-oneだ。Z-oneは彼用のエプロン(ふりふりのフリル付き)を装備して、キッチンに向かおうとしている。あの仮面の上から三角巾を着けているので、ミスマッチ通り越して返ってかわいらしい。
「Z-one。アポリア用に御粥を一人分頼む。昨日の今日だ、まだ身体が回復していないだろう」
「はい」
パラドックスは、先ほどZ-oneたちから受け取ったレポートを軽く振ってにやりと笑った。
「私はこれから、アポリアのところに行って、君たちの反省の意を枕元にて朗読してくる。さぞかし、彼も喜んでくれるだろう」
「……ぅえっ!?」
作品名:鉄の棺 石の骸番外3~鉄は熱いうちに打て~ 作家名:うるら