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愛の傷、なんて言えば赦されるとでも?

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「帝人くん、俺は君を傷つけたくないんだ」

 いやもうすでに十分傷ついてます、目は見えてますか大丈夫ですか是非とも今すぐ新羅さんに見てもらってください。

 とは言えずに僕は口を噤んだまま、僕の手首に爪を立てて握り締める彼を見上げた。
 臨也さんは僕の手首をもごうとでも言うのだろうか。
 切り揃えられている筈の彼の爪が肉に食い込んで血が滲んでいる。
 どれだけ力任せに握り締めるのだ。
 色々と場違いなことを考えて気を散らせていたけれど、駄目だ、ちょっと限界、
「ぃざやさ、痛い、です…!」
 折れる折れる。
 痛いちょっとまって本当にこれ以上は、
「帝人くん、俺は君を傷つけたくないんだよ」
 話を聞いてください腕が、いや手首が?もうどうだっていいから、と思いながら僕が必死に痛いって言ってるのに更に力をこめた彼は同じ言葉を繰り返した。
「君を傷つけたくないんだ」
 いやだから言ってることとやってることが正反対です食い違ってますちぐはぐです12時と6時です、あれこれは違うかな、っていた、いたい、痛い痛い痛い!
「だから、」
 と接続語をつけたして、ほんの少しだけ、ほんとうに少しだけ、爪が食い込まないくらいまでだけど、臨也さんは力を緩めてくれた。
 うんまあ、でも痛いものは痛いんだけども。
 腕から聞こえた、みしって音は無視しよう。聴こえない聞こえない何にも聞こえなかった!
「俺を好きになってよ」
「はあ?」
 いけない、予想外すぎる言葉に物凄い聞き返しをしてしまった。
 正臣に対するような対応をしてしまったけれど、臨也さんは気にしていないようだ。
「俺は君を傷つけたくない。だから、俺をすきになって」
 意味が分かりません。
それは、好きになってくれないと殺すよ、とか、はたまた俺を愛してくれないと切りつけるよ、とかってそうゆう類の告白だろうか。
「俺はきっと君を傷つける。だから俺を好きになって。俺に傷つけられても俺から離れられないくらいに俺を好きになって」
 ああ、傷つけられるのは身体的にではなく精神的にと。そうゆうことか。
 いやいやちょっとまって。
 だからって体が傷ついてもいいとかそんな訳じゃないだろう。それは違うだろう。
 と、さっきから心の中では盛大に突っ込みと思考が流れているのだが、僕はそれを口に出せないでいる。
 正確には出すのを踏みとどまっている。
 なぜかって。
「…ゃさん、近い、ですっ……!」
 近い。
 物凄く近い。
 何がって顔が。
 彼が話すたびに息がかかる。
 顔なんて広範囲じゃない。
 唇に、生暖かい吐息がかかる。
「みかどくん、」
 だから、近い。近いって。
 恥ずかしい。何だこれ。
 これならいっそ無理矢理にキスされた方がマシだ。
 何でこんな間近で話す必要があるんだ。
 というか近すぎて臨也さんの瞳にすら焦点を合わせるのが辛い。
 目が、疲れる。
「っん、!」
 誤解だ。
 多大なる誤解だ。
「、は…んっ、 う、」
 天動説ぐらいの誤解だ。
「っは、かわい…」
違う僕は近くを見すぎて目が疲れてしまっただけであって別にキスを強請ったり受け入れるために目を閉じた訳じゃない!
誤解です、誤解なんです臨也さん。
そう言いたくても僕の口は彼の口によって塞がれているので反論はできない、というか臨也さんは分かっててやっている気がする。
物凄くそんな気がする。
 ん?ちょっと待って、これってアレだろうか、流されてるとか、そうゆうアレ?
「んぐ、」
 掴まれていない左手で臨也さんの肩を押し返す、と言うよりは突き飛ばす勢いで本気で押しやったのだけれど、びくともしない。
 悔しくなんかない。そうだ、彼はそう、大人で、あの静雄さんと喧嘩するくらいの人で、パルクールなんて自分の体重を片手で支えるくらいの人なのであって、僕みたいな平凡な高校生の抵抗なんて効く筈がない。
 そう、だから別にこれは正常なことであって僕が非力な訳では、
「…帝人くん、そんなひ弱で大丈夫?俺以外の男に襲われたらどうする気なの」
 まあ俺が助けに来るからいいけどね、何て全く持ってなにも良くない事を言ってのけた臨也さんに反論しようと思ったのだけれど、
「…っは、ぁ、はっ」
 まあ空気を吸うので精一杯で、やっぱり思っただけで終わった。
 思っただけだけれど、それでも聞きたいことは山ほどある。
まず普通は男が男に襲われる場合はほとんどないです、僕は貴方と違って美しい訳でもないし身体だってガリガリだし、それに俺以外って何だか今後も貴方は僕を襲う気みたいな発言はどうなんですかそうなんですかちょっと詳しく教えて貰えませんかとか、俺が助けに来るってそれはずっと君を監視してるよ大丈夫だよって事ですかいつでもどこかでミステリーみたいなアレですか、とか、
「ちょ、っ!!」
 僕の腰を撫で回す掌が物凄くいやらしい気がするんですけど気のせいですよね、とか。
「だってさぁ、そんな顔で見られたらさ、ねえ?」
「は、?」
 そんな顔ってどんな顔。
 あ、待って何だか物凄く知りたくない気がする。
「キスだけでそんな顔ができるなら、この先しちゃったらどうなるんだろうね?最後までシたくなるよね、帝人くんのその顔。って訳で、俺の部屋、くるだろ?」
 嫌だっていっても逃がしてくれないんだろうな、と思ったのは、彼が珍しく余裕のない表情をしていたからでも、腰に回されていた腕の力が強くなったからでもなくて、僕の右手首を握りつぶしていた指が何時の間にか僕の指に絡められていたからでもなくて。


 好きだと、

 貴方を好きだと、そう叫ぶ僕の心が、僕を逃がさないと気付いてしまったから。


 ああ、いつかきっと、この手首の傷も痣も、この心も、消えない傷が残るのでしょう。
 その日きっと僕は自分に言い聞かせるのだ。
 僕は彼を愛した、ただそれでいい、と。
 そんなチンケで陳腐で三文小説のような、彼の愛する愚かな人間の奇麗事みたいなことを。